207 / 345
第206話
「王様、昨日の写真見てくれましたぁ~?」
午後練後、部室で着替えていると、月島が横からニヤニヤ顔で話しかけてきた。
それを横目で見ながらも返事はせずに、視線を前へと戻しTシャツを脱ぐ。
「あ~れぇ~、無視ですかぁ~?
王様は庶民の話は聞かなくてもいいってことですかぁ~?」
一々ムカつく奴だな。
王様とか全然関係ないけどイラつくし、話聞かなくてもいっか。無視だ無視……
「王様、本当に無視するんだ?
王様がそんな態度とるならあの写真、皆に見せてみようかなぁ? 面白いことになりそうじゃない?」
笑いを含んだ声でそう囁かれて、一気に頭に血が上ったのが分かった。
熱くなった頭は冷静さを失い、無意識に動いて月島の胸ぐらを掴み上げていた。
「テメーざけんな!」
「あ、それで怒ると言うことは、あの写真見てくれたってことだね。
よく撮れてたでしょ、あれ」
そう言う問題じゃねぇ!
及川さんは本気で新藤さんが好きなんだ。
それなのにあの写真を皆に見せるなんて、人の恋路で遊ぶんじゃねーよ!
これはすごくショックで辛いけど、それでも及川さんの気持ちで遊ぶなんて許せない。
俺は胸ぐらを掴む手に力を込めて、思いっきり月島を睨み付けた。
月島は少し苦しそうな表情をしながらも、それでも余裕そうに笑っている。
「あっ! おいおい、やめろよ二人とも!!」
「け、喧嘩は良くないぞぉー……」
「コラお前ら! 何やってんだ!」
その騒動に気付いた三年達が焦った面持ちで、俺達の間に割り込んできた。
日向も入ってきて、俺の腕を引っ張り止めてくる。
「やめろよ影山! 月島もいい加減にしろ!」
「とめるな日向!
コイツを一発殴らねぇと気がすまねぇ!!」
「……ちょっと王様それ!」
皆が焦っているというのに何故か月島は、胸元のある一点を見つめて思いっきり顔を歪めてから、突然俺の肩を掴んできた。
「キスマークじゃないの!?」
月島のその強声に、昨日及川さんにつけられたキスマークを思い出して、慌てて肩を掴む手を払い除け、一歩後ずさった。
月島がつけたキスマークはもう消えかかっていて、よく近付いて見ないとちゃんと見えない。
それに、もしそれが消えかかっていなくても、つけた本人が皆の前でキスマークがあるなんて言うわけない。
だから月島が言っているのは、及川さんがつけた方のキスマークのことだろう。
俺はそれを隠すように胸に手をあて、またもう一歩後退りした。
「なんなの王様?
浮気されたくせに、結局大王様とヤったの?
イヤらしーね……」
「ち、違うっ!」
「浮気? 大王様って及川のことか?」
「及川とヤったって……影山が?」
二年達も月島の声に目を見開いて、俺を凝視してくる。
部室内が一気に静まり返り、重苦しい空気が漂った。
及川さんが浮気……そんな嫌な言葉、聞きたくなかったし、他の奴等に聞かれたくなかった。
悔しくて目を強く瞑った俺の肩に優しく手を置いて、その空気を破ってくれたのは菅原さんだった。
「おいお前ら、そんな目で影山を見るな。
浮気とかヤったとか、そんなの周りの関係無い奴等が首を突っ込んでとやかく言うもんじゃないべ!
それに影山が違うって言ってんだから、違うんだ!
お前ら影山が信用出来ないのか!?」
その言葉に他の部員達は口々に信用してるだの、確かに関係無い奴がとやかく言うのはおかしいだの言い合って、それぞれ服を着替えて部室を出ていった。
「でも、大王様が浮気してるのは本当のことですよ?
それなのにキスマークが胸にあるってことは、それを許してヤったってことだよね王様?」
「違う……ヤってねーよ」
「じゃあなんでキスマークがあるのさ?」
「おい月島! やめないか!」
人数が減った部室内、それでも月島の攻めは止まらない。
そんな月島を澤村さんが叱っていると、突然日向が声を張り上げてきた。
「大王様と影山は付き合ってんだからキスマークがあっても、ヤっててもいーじゃん!
それに、大王様は浮気なんかしてない!!」
「何で分かるのさ?
僕はこの目ではっきりと浮気現場を見たんだよ?」
「うっせぇ! それは見間違いだ!
大王様は絶対浮気なんかしてないんだ!
俺、大王様に直接聞いてくる!!」
「日向!」
そう怒鳴って、日向は部室を飛び出していった。
「何、根拠もないことを堂々と言ってんの?
バカみたい……」
「……とにかく、帰るぞ」
小さくため息を吐いて、澤村さんが俺と月島の背中を押して、皆で部室を出る。
日向、及川さんに直接会いに行ったのか……
俺も行った方が良いのかもしれないけど、でももう俺は及川さんにさよならと言ってしまった。
そんな俺が今更彼に会うなんてこと出来るわけない。
「あ、あのすんません。
教室に忘れ物したんで、先に帰っててください」
「影山……分かった。また明日な?」
不安そうな顔の菅原さんと澤村さんに頭を下げて、俺は忘れ物なんてしていない教室へと向かった。
そんなことないと思うけどもしかしたら、及川さんが校門のとこにいるかもしれない。
帰りづらいと思った俺は、下校時間ギリギリまで教室で時間をつぶすことにした。
ともだちにシェアしよう!