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第209話
夕日に照らされ、オレンジ色に染まった放課後の教室。
いつもの騒がしさが嘘のように、そこには誰も居らず静寂に包まれていた。
皆、もう帰ったよな……
及川さんは……
新藤さんと一緒に帰った?
いつものように自分の席に座り、滲んでいく窓の外を眺める。
どんなに騒がしくてもすぐくる睡魔は、今日一日助けてはくれなかった。
悲しい沈んでいく気持ちを忘れて、ただ眠ってしまいたかったのに……
頭の中はあなたでいっぱいで、苦しくて眠れるわけない。
いっつもそうですね。
及川さん……
日向の言う通り、俺はいっつもあなたのせいでこんなにも……涙が止まらなくなる。
「帰んないの?」
涙が頬と机を止めどなく濡らしていくのをそのままに。
ただ時間が過ぎるのを待っていた俺に、静寂を破って1つの声が掛けられた。
この声は月島のだってすぐ分かってしまい、俺は慌てて涙を隠した。
「王様、もしかして泣いてんの?」
「泣いてねぇ!」
「言うと思った……嘘ついてもすぐバレるんだからさ、やめれば?」
「うるせぇ……お前、帰ったんじゃなかったのか?」
「帰らないよ」
「は? んで?」
「なんでだと思う?」
「…………」
この会話、前したのと似てるな。
質問をしたら質問で返してくるなんて、本当に月島は性格悪い。
「これさ、前にも似たような会話したよね?」
「…………」
「また無視ですか王様?
じゃあ、また無視出来ないようにしてあげようか」
「え?」
涙を拭って顔を上げた時にはもう遅く、いつの間にか近付いてきていた月島に
後ろから抱き締められていた。
「これも、前と同じだね」
「や、やめろ月島! 放せよ!!」
「嫌だよ」
笑いを含んだ声が耳に届いて、苛立ちを抑えることなく勢いよく振り返った。
どうせ意地の悪いいけすかない顔で笑ってんだろ?
人をからかって遊んで、ムカつく……
顔を見るまでは絶対そうだって思ってた。
でも、振り返り瞳に映ったその顔は、想像していたものとは大きく違っていた。
「なんだよ、その似合わねー顔……」
月島は、眉を下げ悲しそうな瞳で、それでも口角は上がっていた。
でも、いつもの余裕そうな自然さはどこにもなく、必死に無理して上げていることが丸分かりだった。
「なんで……そんな顔してんだよ?」
「なんでだと思う?」
「またそれかよ……そんなの、分かるわけねーだろ」
「王様って、本当にバカ……」
バカって言われていつもなら腹が立っているところだが、今はどおしても怒ることが出来ない。
だって、いつもの人をからかう時の月島じゃないから。
なんか別人にも見えてくる。
「ねぇ王様。
王様は誰かを抱き締めたいって思ったことある?」
「……あるけど」
恥ずかしい質問。
でも真面目な声で問われたそれに、逃げず素直に答えなくてはならないと思ってしまう。
「キスしたいって思ったことは?」
「ある」
「触れたい、触れてほしいって思う人はいる?」
「……いるよ……」
全部及川さんだ……
及川さんを抱き締めたい
及川さんとキスしたい
及川さんに触れたい、触れてほしい……
全部全部、相手は及川さんだ……
「ねぇ、王様……
その人は王様にとってどんな人なの?」
「ど、どんな人って、それは……
好きな人、だ……
好きだから、抱き締めたい、キスして触れたいって思う……
それって自然なことだろ?」
すごい恥ずかしいけど、やっぱりそれは好きだからこそ自然なことだと思った。
そう言い終わってからだんだん顔が熱くなって、俺はそれを隠すため前を向いて俯いた。
そんな俺にどう思ったのか分からないけど月島は、長いため息を吐き出した後、腕に力を込めて強く強く抱き締めてきた。
「ちょっ! 月島苦しい!
つーか、放せよ!」
「嫌だって言ってるでしょ……」
月島は静かな声でそう言って、俺の項にキスをしてきた。
その温かい感触に目を見開いて、慌てて月島の腕の中で踠いた。
「なっ何すんだよ! やめろよ月島!」
「僕は!!」
二人だけの教室に月島の強声が響いた。
突然のことにビックリして抵抗を止めてしまった俺の身体を乱暴に引っ張り、
月島は俺をイスから引きずり下ろして、床に押し倒した。
「な、何すっ! わ、うわっ!!
い、イテーー……何すんだよ月島!!」
痛む背中を擦ろうとしたけどその手を掴まれて、床に押さえつけられた。
反対の手もだ。
「僕は、王様
……いや、影山を抱き締めたい。
キスして触って、
……触れてほしいって思ってる」
「え?」
突然の影山呼びに驚きすぎて、月島を真っ直ぐ見つめてしまう。
その顔がゆっくり、でも確実に近づいてきて、俺の唇と、月島のそれが重なり合った……
それはすぐ離れていったけど、月島の熱い眼差しは俺を捕らえたままだった。
「好きだから……
自然なこと、なんだよね?」
「月島……」
「僕、
影山のことが好きだ
好きなんだ……」
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