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第236話
『俺はただお前に、寂しいって言ってもらいたかっただけだよ』
もちろん寂しいに決まってる……
寂しいけど
寂しいって言っても仕方のないことだし、それに
きっと言ったら、絶対泣いてしまう
泣いて、離れられなくなる……
言えない……言えないんだよ
だから、寂しくないって口に出して言って、自分に言い聞かせてるんだ。
「影山……また大王様と喧嘩したのか?」
部活終了後、部室で着替えていると、眉を下げた日向が声を掛けてくる。
なんでコイツいつもバカなくせに、こういう時だけは鋭いんだよ……
「……んでそー思うんだよ?」
「だって今日ずっと浮かない顔してんじゃん。
お前がこーゆー顔してる時は大体大王様が原因だろ?」
日向の言う通りだ。
最近俺が抱える悩みと言えば、殆どが及川さんのことばっかだからな。そりゃ日向も気付くよな。
「及川さん、東京の大学に行くんだ……」
「えっ! 東京……」
日向は驚いた表情をしながらも、悲しそうにでも納得したような顔をした。
「大王様バレーすげーつえーもんな。
あんだけ強かったら、もっと上に行きたいって思うのは当然だよな……
でも残された影山はやっぱ寂しいよな……」
俺も東京に行くつもりだけど、それは後2年後の話だ。
2年間、及川さんは俺の傍にいない……
それは、寂しくないはずがなかった。
日向の言葉に返事が出来ないまま無言で服を着替えていると、後ろから笑いを含んだような声が聞こえてきた。
「へぇ~~大王様東京に行っちゃうんだ?
これは影山を奪うチャンスかもね?」
服を着替え終えてその声の方へと視線を向けると、そこには口角を上げた月島の姿があった。
けど、なんだか目は笑ってないように見えた。
月島……?
何故、いつものように性格の悪いことを言うくせに、そんな顔してるんだ?
不思議に思い首を傾げていると、そんな月島に日向が声を荒らげる。
「何言ってんだよ月島!!
お前もう大王様と影山のこと認めたんじゃなかったのかよ!?」
「ハハハ~。まあ、そうだけどねぇ~」
「そうだけどなんだよ!?」
「ちょっと何日向そんなに慌ててんの?
冗談に決まってるでしょ?」
「べ、別に慌ててなんかねーよ!
俺はただ、本気で悩んでる影山にそー言うふざけたこと言うのが許せないんだ!」
「ハイハイ、素晴らしい友情愛ですねぇ~……」
「なんだよその言い方!
なんでそんな風にしか言えないんだよ!」
「だって、いつまでたっても日向が──」
「うるせぇお前ら! うるせぇんだよ!」
「か、影山……」
言い合いを始めてしまった二人を一喝して、ため息を吐いてから俺は、エナメルバックを掴んで部室を後にした。
何なんだよアイツら……こっちは頭の中スゲーぐちゃぐちゃだってのに、喧嘩始めんなよ……
やるせない気持ちになりながら、早歩きで校門へと向かう。
もう及川さん来てるかな……
校門を出て辺りを見渡すが、まだ彼の姿はない。
まさか……このまま来ないとかないよな?
いつもなら、及川さんが遅れたってこんな心配しないのに、こんなにも不安になるなんて……
「何でそんな顔してんの?」
「あ……及川さん……」
声がして、気が付いた時にはもう、俺は及川さんに抱き締められていた。
それと同時にフワッと及川さんの匂いが香ってきて、胸が締め付けられる感覚がした。
もう、後少しで、
この大好きな感触も、甘い匂いも、手の届かないところに行ってしまう。
それでも寂しいなんて言えない
俺は及川さんの胸に顔を埋めて、背中に腕を回し、強く抱き締め返した。
「一人でそんな顔しないで。
お前の苦しみとか悲しみとかさ、俺が全部受け止めたいんだよ。
悲しむなら一緒に、笑うのも一緒がいい。
だから、一人でそんな辛そうな顔しないで、俺に甘えてよ」
受け止めるって……もうすぐで一緒に笑うことも、甘えることも出来なくなるのに?
何言ってんだよ……なんて言えない。
「…………はい。アザッス……」
そう返事をして、腕の力を強めながら唇を噛み締めた。及川さんも俺を強く抱き締めてくれる。
暖かい……すごい暖かい……
「飛雄……我慢しないで。
思ったことはちゃんと口にしないと駄目だよ」
「我慢なんかしてませんよ?」
東京に行ってしまったら、毎日が我慢我慢の日々なんだ。
今から我慢する練習をしとかないと。
「飛雄、今ものすごく無理してる……ちゃんと言ってよ。
俺達さ、もう少しで離れ離れになっちゃうんだよ。
だから今のうちに、言いたいことはハッキリ言い合って、我慢や無理はしないようにしよ?」
「はい。そーっすね……」
じゃあ、言わせてもらいますけど、
離れ離れとか、そういうこと言うなよ!!
それじゃあ、まるで俺達別れるみたいじゃねーか!!
なんて、彼にぶつけたかった言葉を飲み込んで、また我慢する。
だって、だってさ、
あんたの笑った顔を見ていたいんだ。
俺の我が儘で、笑顔が崩れるようなことは言いたくない。
だから……だから……
「まだ、無理してる……よね?」
「してねーすよ」
俺の返事に長いため息を吐く及川さんに、ビクッと肩が跳ねてしまう。
こんな気持ちになるなんて……
「ねぇ、飛雄……もう少しで東京に行くのにさ、俺達一回も二人っきりでデートしたことなかったね?」
「……そ、そーっすね……」
及川さんの突然のデートという言葉に、思わず目を見開く。
確かに、今までは月島達が一緒にいたから、二人っきりでデートしたことなかったな。
「俺達付き合ってるのに、一回も二人っきりでデートしたことないって、おかしいよね?
だからさ……12月22日にさ、今度こそ二人っきりでデートしよ!」
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