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第243話
土産の会計を済ませて外へ出た俺の頬に、なんの前触れもなくやわらかくてもふもふした物がムギュッと押し付けられた。
「うぉっ! な、なんだ?」
「及川さんだよ」
「は?」
それを掴んで持ち上げると、及川さんはすんなり渡してくれた。
「及川さんって……?」
「そう。及川さん」
フワリと笑った及川さんを不思議に思いながら、受け取った物に目線をうつす。
それはフワフワで、とても手触り良く、真っ白で大きなシロクマのぬいぐるみだった。
俺の上半身と同じぐらいの大きさで、かなりでかい。
「あの、これって?」
「カワイーでしょ」
「あ、ハイ……スゲー可愛いーすね」
「可愛くて、でもカッコ良さもあるでしょ?」
クルリとした愛らしい目。
確かに可愛いとは思うけど、カッコいいは違う気がする。
でも熊って強いし、カッコいいのかもしれないな。
「ハイ。可愛いし、カッケーすね!」
「うん! 及川さんみたいでしょ?」
「え? 及川さんみたい?」
「はは……聞き返さないでよ。
及川さんってもちろんカッコ良くてさ、でも可愛さもあると思うんだよね」
自分で言うのかよ……
でも及川さんは笑った顔とか、照れた顔はスゲー可愛いと思うし、これは間違ってないと思った。
「そーっすね、及川さんにそっくりです」
「大きくて、強そうで、カッコ良くて可愛い……まんま及川さんじゃん!」
「ハハハっ! そーっすね!」
「ねぇ、飛雄」
「はい」
「それは及川さんだよ」
「え? そっくりってだけで、及川さんじゃないですよ?」
「ううん、それは及川さんだ」
さっきからこの人何言ってるんだ?
彼は優しく笑いながら、でもどことなしか寂しそうにも見えた。
穏やかな笑みの裏側に、別の意味が含まれている。
そんな気がして、俺は思わずシロクマをギュッと抱き締めた。
「ねぇ、飛雄……」
「……はい」
「誕生日おめでとう」
「え!?」
あ……そうか。12月22日
今日は俺の誕生日だった。
「自分の誕生日、もしかして忘れてたの?」
「すっかり忘れてました」
「はははっ、飛雄らしいね」
「あの、でも俺、もうパンダのぬいぐるみもらいましたけど?」
「それは飛雄に意地悪しちゃったから、そのお詫びに買ってあげたものでしょ?
シロクマはさ……なんか及川さんに似てると思ったから、それがプレゼントに一番相応しいと思ったんだ。
及川さんのことが恋しくなったり、寂しくなったりしたらさ、そいつを及川さんだと思って、そうやって……
抱き締めてあげてよ!」
その及川さんの言葉の後、無意識にシロクマを抱き締める腕に力が入る。
それにニカっと笑って、でもやっぱり寂しそうで……
そんな顔して、そんなこと言うなよ!
誕生日なのに
せっかく今日1日スゲー楽しかったのに……
楽しかった……すごく
「これは……これは及川さんじゃないです!」
「そうだよ。それは及川さんじゃない。
でも、もう少しでさ、俺お前の近くにいられなくなっちゃうから、寂しい時はそいつを抱き締めてさ……」
「寂しさをこれで紛らわせろってことっすか?」
「少しの間だけじゃん。お前が高校卒業するまで」
「及川さんだと思って? そう言ってるんすか?
でもやっぱりこれは及川さんじゃない!」
それに何も言わず歩き出す及川さん。
俺はムキになって、シロクマをブンブン乱暴に振り回しながら、及川さんを追い掛ける。
それを見ても及川さんは切なそうに笑っているだけ。
「及川さんをそうやって振り回すことが出来るのは、お前だけだよ飛雄」
「俺の方がいっつもあんたに振り回されてばっかです!」
「でも……お前のことばっか考えて、モヤモヤしたりドキドキしたりして振り回されるの、なんか嬉しくてさ。
楽しくて……
その時が一番自分らしくいられた気がするんだよね」
「及川、さん……」
俺もあなたのことを考えてる時、沢山悩んだこともあったけどさ
スゲードキドキして、モヤモヤよりもいっぱい楽しくて嬉しいことが沢山あってさ
幸せだったんだ……
「もちろんこれからも、お前のことでモヤモヤしたり、ドキドキしたりさ。
嬉しいことも楽しいこともいっぱいするよ!
なんかこれ終わりみたいになってるけど、俺達はまだまだこれからでしょ!」
俺は、あなたの口から、その言葉をずっと聞きたかった。
本当にあなたといたら、
いっつもこの胸の高鳴りが、止まらなくなる。
及川さんがそっと手を差し出してくる。
及川さんから握ったんじゃない。
自分から手を伸ばして、その大きな手を握ったから
負けてはないですよ。
絶対
「あのさ飛雄、プレゼントってそれだけだと思ってる?」
「え?」
「実はさ、それだけじゃないんだよね。
じゃあ、行くよ飛雄っ!」
繋いだ手を更に強く握って、走り出す及川さん。
どこに行くんですか及川さん!?
夕暮れの日の光に染められていく動物園を背にして……
もう少しでこの楽しいデートが終わりを告げる
寂しいなんて
そう思っていたけど、
及川さんの一言で笑顔になれる。
まだまだこの瞬間を終わらせたくない。
もっと傍にいたいんだ及川さん……
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