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第262話
「ん……」
目を醒ますと、最初に映ったのは灰色に染まった天井。
カーテンの隙間からもれる薄明に、徐々に照らされていく時間になったということか。
俺は昨夜、
及川さんの身体に数え切れないほどのキスマークをつけ続けた。
考えただけで顔が熱くなって、恥ずかしくて……
でも、
俺の身体には及川さんのキスマークが
及川さんの身体には俺のキスマークが
それらはお互いを見守り、心の支えになる……
胸を彩ったキスマークをそっと指でなぞり、自然と笑みが溢れた。
いつの間にか眠ってしまったんだな。
眠らないように、もっといっぱいキスマークをつけてあげたかったのに……
一生消えない、忘れられないほどの愛の証……
愛する身体にもっと深く、もっと濃いく、刻み込みたかった
だって…………暫く及川さんの傍にいられなくなるから……
触れたくても、触れられない。
顔見たくても、簡単に会うことの出来ない……
鼻が痛くなっていくのを感じながら、及川さんに触れたくて仕方なくて
彼の姿をこの瞳に映そうと、辺りを見渡す。
だって、今はまだ、触れられる
温もりを感じられる距離にいるから……
そう思っていたのに
隣で眠っていると思っていた彼が、何故かそこにはいなかった。
何処にもいない……
ベッドがとても広く感じた……
不安になって首を傾げながらも、それでも彼を探す。
「居ないんすか? 及川さん?
……及川さん…及川さんっ!」
いくら呼んでも、返事がない。
不安から、だんだん恐怖へと変わっていく……
「及川さんっ、及川さんっ!」
何故だ!? こんなに呼んでるのに、どうして返事をしてくれないんだ!
トイレとか、リビングとか、すぐ近くに居てくれてると思う。
家の中探せばすぐ見つかる。
そう思っても、こんなにも不安な気持ちに、押し潰されそうになる。
及川さんが傍にいないことが、こんなにも怖く感じるなんて……
も、もしかして……さっきまでの、幸せだったあの光景は、全て夢だったのか?
まだ近くにいられる、それは俺のただの願望
本当は、及川さんはもう……東京に行ってしまった?
じゃあ、身体を埋め尽くす、彼がつけてくれたこのしるしはなんだというんだ?
つけて、俺が寝てしまって、それで何も言わず、黙って行ってしまった……?
「う、そ……だろ? 嘘だろ!?
嘘だと言ってくれ! 及川さん!」
いつかは行ってしまう。そんなの分かってる!
分かってるけど、それでも……まだ
もう少し、傍にいてくれるって思ってたのに。
心の準備も、何も出来てない!
突然、こんなのってねーよ!
まだ、あなたの声、匂い、温もり……全てを感じていたいのに……
こんなにもあなたが……足りてないのに!
ベッドから飛び降りて闇雲に探して、慌てすぎて色んなところにぶつかった。
「イッテ! クソッ……及川さん!
どうして……どうしてなんだよっ
及川さんっっ!!」
張り裂けそうなほど強く、彼を求め叫んだ。
耐えきれなかった雫が溢れ落ちたその時、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「どうしたの飛雄っ!」
愛しい声が頭の中で強く響いた。
及川さんの姿が瞳に映った途端、溢れ出してしまった雫が数を増やしていき、止まらなくなって……
そんな俺を見て及川さんは、驚いた面持ちで直ぐ様俺の傍へと駆け寄ってくれた。
「飛雄っ、なんで泣いてるの!?」
「おっ、及川さっ…及川さんっ!
よ、良かった……本当に良かった……まだ傍にいてくれた……」
「え?」
「東京に行ったのかと……もう、会えないかと思った……」
「と、飛雄……」
あなたはまだこんなにも近くにいてくれたんだ。
俺は震える手を痛くなるほど伸ばして、必死に強く及川さんに抱きつく。
彼はそれに応えるように、安心させるように強く苦しく抱き締め返してくれた。
温かい……
「及川、さ、ん……」
その温もりで、悲しみに埋め尽くされていた心が、優しさに染まって包まれて
明るく照らされていった。
「及川さん……本当に良かった……
目が覚めたら及川さん居なくて、スゲー焦って、スゲー悲しくて。
及川さんはもう東京に行ってしまったんだと思って。
まだ心の準備とか、なんも出来てないのに、及川さんがまだ全然足りてねーのに、東京に行ってしまったんだって……思って……悲しくて…
でも、及川さんはまだ、まだ傍にいてくれて……
ほんと…良かっ……た……」
「飛雄……」
不安悲しみ全部吐き出して
離れないように抱き締め直して
逞しい固い胸に顔を埋め、彼の匂いを感じる。
あぁ……大好きなこの体温、この匂い……
本当に大好きだ……
ホッとして嬉しいのに、涙がさっきより更に溢れ出してしまう。
「飛雄、泣かないで……」
泣かないでと言った声は揺れていて、顔を上げたその先の瞳は潤んでいた。
「及川さん……」
「ごめんね飛雄……いっつもお前を泣かせて、悲しませてばっかで。
前も同じようなことあったよね。
あの時も俺は、お前を苦しめて泣かせて、傷つけて……
それでもこんな酷い俺を泣きながら、必死に探してくれたよね。
いつも裸になるの恥ずかしそうにしてるくせに、それなのに服を着るのも忘れて、泣きながら探してくれてさ……」
そうだ……俺、今、服着てなかった。
及川さんがいなくて、焦って叫んで、
裸で恥ずかしいとか、服着るとかそんなこと考える余裕なんてなくて、及川さんを早く探さないとって、必死で……
あの時も今も……どんな時も、俺はこんなにもあなたを求めてる……
「そんなお前がすごく可愛くて、大切で、好きで、好きすぎて壊れそうなぐらいだ……」
泣きながら綺麗に笑った及川さんが、とても眩しかった。
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