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第265話

美味しい朝食を食べ終わって、二人並んで歯磨き、顔洗って、 そんで及川さんは、一生懸命髪を弄っている。 あまりにも長いから、まだですかー?って聞くと、 「まだだよ! 飛雄だってカッコいー及川さんが見たいでしょ? ずっとカッコいー及川さんでいてほしいでしょ!?」 なんてギャーギャー言ってうるさい。 カッコいい及川さんは見ていたいけど、少しはカッコ悪くてもいい。 どんな及川さんでも、俺は好きだし。 モテるあんたのこといつも心配してんですよ。 なんて思って彼を睨んでいると、 「何その可愛い顔!  後、可愛いこと考えてるでしょ? もぉーやめてよね、そんな可愛いと抱き締めたくなって、セットに集中出来ないじゃん!」 なんてまたギャーギャー言われた。 可愛いとか抱き締めたいとか、恥ずかしいこと言うな! 長い長い髪弄りがやっと終わって、ジャージに着替えて、二人とも部活があるから、揃って家を出る。 玄関に向かう時も、靴を履いてる最中も、俺はずっとソワソワしていた。 だって…………手、ずっと繋ぐって約束したから。 今度は俺から手を繋ぐ番だから。 いや、順番とかそんなのいらない。 俺が及川さんと手を繋ぎたい! だから、繋ぐんだ 彼が鍵をかけて、エナメルバッグにしまった瞬間手を伸ばし、愛しい手を握った。 「ハハ……」 ギュウッと手を握ると、彼が小さく声を漏らした。それに首を傾げる。 「いやゴメンね……家を出る前からお前、めっちゃ俺の手見てくるからさ。 繋ぐ気満々だな~と思って」 「なっ、なんすか? 握っちゃあいけねーんすか!」 あんたからずっと繋いでいようって言い出したくせに、なんだよ! 思いっきり睨んでやると、それでも彼は笑ってて、なんだか楽しそうに見えた。 「いけないわけないじゃん。 嬉しいよ。飛雄から手を握ってくれたの、すんごい嬉しい」 「じゃあ、からかわないでくださいよ……」 「可愛い……頑張って握ってくれたの、すんごい可愛い」 「及川さんよく、俺のこと可愛い可愛い言いますよね? あの、初めて及川さんのカレー食べた、あの日からずっと」 「そうだね。中学の時は意地を張って、全然素直になれなかったから。 あの時から、自分の気持ちに素直でいようって心に決めたから……」 俺を真っ直ぐ見つめて、そして晴れやかな顔で微笑む彼にときめいて、 手をもう一度ギュッと握り直して、歩を進める。 始終綺麗な笑顔を浮かべる彼にドキドキしながら、自然と口角が上がっていく。 そこで、突然後ろからよく聞き慣れた声に話掛けられた。 「お前ら……何こんな朝っぱらからイチャイチャ堂々と手繋いでんだよ……」 二人揃って振り返ると、呆れたような顔をした岩泉さんが、俺達の繋がれた手をジーっと見ながらため息を吐いていた。 でも、何処となしか笑っているように見えて、俺も思わず笑ってしまう。 「岩泉さん、おはっス!」 「おっす、影山」 「イッワちゃーーん!! おっはよぉーーーー!」 「だぁーーーーーー!! 朝っぱらからうるせぇぞクソ川!!」 「うへへぇーー」 大声で元気に手を振る及川さんに、岩泉さんは面倒臭そうに眉間にシワを寄せて、声を荒らげる。 そんな岩泉さんに、ニヤニヤと笑顔全開の及川さん。 「ニヤニヤニヤニヤしやがって、締まりがねぇぞクソ川! だらしねぇ!」 「そんなこと言ってぇ~~俺とトビオちゃんが手を繋いでんの、本当は羨ましいんでしょ~~?」 「あ゙ぁ?」 「こっわーーい! 男の僻みはみっともないよ岩ちゃん?」 「テメー、ぶん殴るぞ?」 「だから怖いってばぁーー! 眉間のシワがヤバいよ岩ちゃん。 ぶっさいくになっちゃうよぉー そんな岩ちゃんに、この優しい及川さんがとっても良い物買ってきてあげたよ! ありがたく思ってよね♪」 そう言って及川さんはガサガサとバッグから土産袋を取り出して、岩泉さんに渡した。 「飛雄とねぇ~動物園デートしてきたんだ♪ し・あ・わ・せ・の・お・す・そ・わ・けっ♡」 岩泉さんの頬をつつきながら、くねくねと体を揺らす及川さん。 そんな手を払い除けながら、岩泉さんはめっちゃくちゃ口を歪ませて嫌そうな顔をした。 「キメーぞクソ川っ!! 触んなっ!」 「ヒドいっ!」 「つーか、動物園に行ってきたんだな。楽しかったか影山?」 「ハイっ! スゲー楽しかったっす! 後、スゲー動物可愛かったっす!」 優しい声音の問いに胸がグワッてなって、大きく頷いてハキハキと答えると、岩泉さんはニカッと満面の笑みを浮かべた。 「そーか! お前が嬉しそうで良かった!」 「ウッス!」 微笑み合う俺達を交互に見て、及川さんは身を乗り出すようにハイハーイと勢い良く手を上げた。 「俺も! 俺もね、すんごい楽しかったよ岩ちゃん!」 「あーー、クソ川はどーでもいーけどな」 「ヒドいっ! さっきから岩ちゃん俺に酷すぎない!?」 「そーかぁ? いつもこんなもんだろ? まぁ、たまには誉めてやるか! 影山を喜ばせることが出来てエライぞクソ川!」 「そんなの当たり前じゃん! 恋人の飛雄を喜ばせることが俺の役目だからね。 大好きな飛雄の笑顔を見ることが、俺の生き甲斐だからさ!」 「…及川さん……」 「おーおー、そーかそーか……クセェセリフを易々とよく言うべ。 まぁ、でもちゃんと話が出来たみてーだな。 お前らが笑ってるの見れて、ちょっと安心したわ……」 優しく笑ってくれた岩泉さんにまた胸がグワッてなった。

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