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第267話
一頻り笑いあった後、岩泉さんは楽しそうに一つ息を吐き出してから、俺達二人に向き直った。
「さてと、俺はそろそろ行くべ。
及川は影山を烏野まで送ってくんだろ?」
「よく分かってるね~岩ちゃん。
てっきり怒られるかと思ったら、許してくれるんだ?」
「何年お前の幼馴染みやってると思ってんだ?
お前が考えてることなんてまるっと全てお見通しだ」
「ハハッ……さすが岩ちゃん」
「まぁ、今回は邪魔しないでおいてやるから、早く行け!」
「へへッ、ハーイ!」
「岩泉さん、すんません……」
本当は及川さんも早く行った方がいいのは分かってるけど……
申し訳なく思いながらも、心の奥底では喜んでいる自分がいた。
今だけは甘えさせてほしい……
岩泉さんが立ち去って、俺達も烏野へと足を向ける。
しっかりと手を繋いで……
「及川さん、すんません……」
「謝るんじゃなくて、ありがとうって言ってほしいな」
「アザッス……」
「本当はずっと一緒にいて、手を離したくないんだけど、烏野までで我慢してあげるよ」
得意気に言われた言葉に、笑みと胸の痛みを感じて、繋いだ手を強く握り直した。
及川さんも強く握り返してきて、俺もまた握り返す。
手がすごく熱くて、ジンジンと痺れてきて、痛いですって言ったら、及川さんは、うん、痛いねって言って笑った。
痛いのは手だけじゃない。
それでもお互いやめることはなかった……
途中、手を繋いでる俺達を見て、イケメンなのにもったいないとか騒いでる女子達が居たけど、それでもやっぱり手を離すことはなかった。
幸せな時間はあっと言う間で、もう烏野が見えてきた。
校門のとこで月島と日向が立っていた。
「影山ーーおっせーぞーー!」
「うっせぇボゲェッ!」
ブンブンと手を振りながらデケー声を出す日向の横で、月島がニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「朝から堂々と手なんか繋いじゃって、お熱いですねー」
「まあね~、俺達ラブラブだから、いつも手繋いでないと落ち着かないんだよねぇ~」
及川さんも月島に負けないぐらい悪い顔で笑っている。
二人で恐ろしい顔でニヤニヤと笑い合っているけど、前みたいな険悪な空気は感じない? ような気がした。
「本当に二人は仲が良いんだな!
ところでさ影山、」
その空気を読み取っているのかどうなのか分からない日向が、嬉しそうに声を弾ませた後、こちらを下からジロジロと観察するように見つめてきた。
「んだよ?」
「いやーー……12月なのにお前、蚊にでもさされたのか?」
「は?」
「蚊って12月になってもまだいるんだな!
つーかお前、掻きすぎたろっ。首、スゲーことになってんぞ。
それに、大王様の方がヤベーことになってますね……二人でそんな、蚊がいっぱいいるようなとこに行ったのか?」
何言ってんだコイツ? 12月に蚊なんているわけねーだろ!
なんて思いながら首を傾げていると、月島も観察するようにこちらを見つめてきて、ハッとしたような表情をした後、及川さんの方へと目線を向ける。
そして次の瞬間にはさっきより更に悪い笑みを浮かべ、思いっきり口角を上げた。
「本当だぁ~! 王様首が所々赤くなってますね~なんか痒そうですよ~?
大王様は痣になってるし~? 痛そうですね~」
「スゲーデカい赤紫色になってるし、痛痒そーだな。 大王様思いっきり掻いたんだろ?
そーゆーのは掻けば掻くほど痒くなるんですよ!」
物珍しげにジロジロと俺達を見た後、日向はビシッと及川さんを指差し、鼻高々に注意する。
そんな日向に俺は、及川さんの首の方へと目線を向ける。
そこで思い出した……及川さんの首筋には俺がつけたキスマークが存在しているということに。
そして、俺の首筋には及川さんのキスマークが……
顔がどんどん熱くなっていく中、及川さんがにんまりと口角を上げていた。
「そーなんだよねぇ~……すんごいデカイ蚊が俺の首筋に思いっきり吸い付いてきてね~」
「え゙えーーっ! それは大変でしたね!」
「そーなんだよチビちゃん!
飛雄の首にもすんごいエッチな蚊が吸い付いちゃって、もう大変で大変で~」
「え゙えーーっ! ん? ……エッチな……?」
「及川さんっっ!! あんた何言ってんだ!!
やめて下さい!!」
及川さんの冗談に一々叫ぶ日向に、腹を抱えて笑う月島。
もう恥ずかしくて恥ずかしくて我慢出来ず、俺は及川さんを怒鳴り散らした。
俺は怒っているのに及川さんは楽しそうなような、嬉しそうなような、なんとも言えない表情をしていた。
こうして日向達が気付いたと言うことは、岩泉さんも気付いていたと思うんだが。
あの人優しいから、そっとしといてくれたのかもな……
あぁ、恥ずかしい……
あーもー早く話題を変えたい!
そう思い、急いでエナメルバッグから二人に買った土産を掴み出す。
「オラッ! 動物園に行った土産だ!
さっさと受け取りやがれっ!」
ドスッと二人の腹に土産を押し付ける。
日向はビックリしたように目を見開いて、それを受け取った。
月島は未だに笑っているが、手はしっかり動かして土産を受け取っている。
「へぇ~~二人で動物園行ったんですか? それでそこにエッチな蚊が居たんですかね?
大変でしたね~」
「うっせぇ月島ボゲェ! さっさと中見ろよ!」
もうずっとニタニタ笑っている月島の土産を奪い取り、代わりに土産袋を開けて、再び腹に押し付けてやった。
それよりも先に土産袋を開けていた日向が、不思議そうに首を傾げた。
「灰色のメモ帳か? なんか絵が描いてある……なんだこれ??」
「表紙の裏に描いてある通りに折ったら、サイになるんだよ!」
「えっ!? なんだそれ、スッゲーなぁー!
カッケェーー!」
「だろ! カッケェーだろ!
見つけた瞬間気に入ってさ、お前らの土産にちょうどいいと思ったんだ!」
「本当にカッケェーなぁ! 影山趣味いいな!」
「だろ!」
「どこが趣味良いの? あり得ないんだけど……」
嬉しそうにメモ帳を空に掲げておおはしゃぎする日向に、俺も一緒になってはしゃいでいると、月島のげっそりしたような声が耳に届いてきた。
それに及川さんは手で顔を隠しながら笑っていた。
「ブフッ! 予想通りの反応だね二人とも……」
「買った時一緒に居たなら止めてくださいよ」
「え~? やだよ」
「………………
影山……なんでこんなメモ帳なんか買ってきたのさ?」
「こんなって言うな! カッケェーだろーが!
その……なんだ、その……
し、
幸せの、お裾分けだ! ボゲェ……」
言ってて恥ずかしかったけど、及川さんが岩泉さんに言ってた言葉がなんか嬉しくて、俺も言いたくなったんだから仕方ねーだろ!!
俺の言葉に日向はウサギみたいにピョンピョンはしゃいで大喜びで、月島は呆れ顔で、でもどことなしか笑ってた。
そして及川さんは、俺以上に嬉しそうに顔を赤らめて微笑んでいた……
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