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第270話

及川さんと買い物、スゲー楽しかった。 玉ねぎやじゃがいも、カレールーや卵などもしっかり買った。 そして、もう1つ大事な物…… それはやっぱり肉! 肉が入ってるのと無いのとじゃあ、味がもう全然違う。 そして、カレーに入れる肉と言えば、それはやっぱり豚! ポークカレーだろ! これだけは絶対譲れない。 なのに及川さんは、ビーフカレーが一番美味しいとか言ってきて…… 確かにビーフもうまいけど、でも一番は豚肉だろ! だから肉売り場でしばらく言い合いになった。 「ビーフカレぇ! それが一番美味しいに決まってんじゃん!」 「いや、絶対にポークカレーです! ポークカレーに温玉乗せて食ったら、もう本当に最高なんっすよ!」 「ビーフカレーに温玉乗せて食べても美味しいと思うけど?」 「なんで分かってくれねーんだ。 及川さんなら分かってくれると思ったのに! 及川さんのボゲェ……」 俺の一番の好物を及川さんと一緒に食べたかっただけなのに…… いじけて彼を睨むと、何故か及川さんは真っ赤な顔になって、繋いでいる手をギュッと強く握ってきた。 「もう飛雄ズルいよ……わざとやってんでしょ。その顔……」 「え? わざと?」 「目ぇうるうるさせて、可愛い顔でこっち見つめてきてさ……俺がお前のそういう顔に弱いって知ってて、わざとやってる…… ほんとに飛雄はあざといんだから……」 あざとい? どういう意味だ? つーか目うるうるさせてないし、見つめたんじゃなくて睨んだんですけど…… まぁ、でも…… 「じゃあ、及川さんが意地悪な時は、さっきしたみたいな顔をすれば良いってことっすね?」 「もうっ! ズルいっ! なんだよ分かったよ、豚肉でもなんでも買えば!? 飛雄のバーーカ! 大好き!!」 「あざーーーーっす!!」 怒ってたくせに大好きとか……知ってるけど。 俺は頭を下げてから、遠慮せず及川さんが持つカゴに豚肉を入れた。 恨めしそうな目で見られたけど、気にせず彼の手を引いて、会計をすませスーパーを後にした。 アパートに帰り、さっそくポークカレー作り開始だ! 「えーと……何からすればいいんすかね?」 「まずはねー、ニンジンと玉ねぎ、じゃがいもの皮をむこうか」 「ウッス!」 皮って包丁でむくんだよな? そう思い包丁に手を伸ばそうとすると、及川さんが青ざめた顔で俺の手を掴んだ。 「いやいや、怖い怖い怖い怖い怖いっ!! 飛雄は包丁持たないで!」 「えっ!? 包丁持たないと料理出来ませんよ?」 「皮をむく時は、ピーラーでむいた方が良いよ! うん! 絶対にそうだ!」 「ピーラー? へー、そんな便利な物があるんすね。さすが及川さん!」 「な、何がさすがなのか分かんないんだけど……」 ちょっと頬を赤くさせて、柔らかく笑う及川さん。 及川さんがよく俺に向けてくれるこの優しい笑顔、それを見てると胸がポカポカして、俺もいつも自然と笑ってた。 でも今は、胸がポカポカって言うより、なんかキューーっとしてきて、苦しくなって…… なんでかは分かってるけど……それを今は考えないようにして、笑ってみせる。 だって今、めっちゃくちゃ楽しいから。 壊したくないんだ…… 及川さんは少し頬が赤いまま、俺が取ろうとしていた包丁を取って、じゃがいもの皮をむき始める。 「及川さんスッゲー! じゃがいもって皮むくのムズそうなのに、包丁でむけるんっすね!」 「お前、ほめすぎじゃない? 最初は俺もピーラー使ってたんだけど、料理始めてから何年もたつからね……お前もこれから沢山作っていけば、その内出来るようになるよ」 「じゃあ、早く出来るように今から練習させて下さい!」 「いや、今日はやめな! 初めてだし、まずはお母さんに教えてもらってからね」 「及川さんが教えてください!」 「えっ! めちゃくちゃ怖いから無理!  お母さんの方が長年やってるから、教え方上手いだろうし、その方が安心だよ!」 「及川さんだってスゲーです! 今もスゲーキレイに皮むいてるし、カッケーです! だから、教えてください!」 「皮むくのにカッコ良いも何もないでしょ…… なんかお前今日ほめすぎだよ……」 照れてる…… 耳まで真っ赤になって、可愛い…… 「もう……今度教えてあげるから、今日は大人しくピーラー使ってよ……」 「本当ですか!? 絶対約束ですよ!」 「分かったから、そんなキラキラした目で見つめないでよ。ほんと可愛いんだから」 「可愛くねーし、キラキラ?はしてねーと思うけど、まあ、今日のところはピーラーで我慢してあげます」 「ハハ……あんがと……」 また愛しそうに優しく笑ってくれて、胸がきゅーーっとしてきた。 この暖かい瞬間を壊したくない…… 自然とピーラーを持つ手に力がこもった。 「ふふ……そんな強く握ったら、ピーラーが壊れちゃうよ? 貸して。こーやって軽く持ってね、」 及川さんはピーラーを俺から受け取ると、ピーラーの使い方を教えてくれる。 でも今の俺の視界には、彼の柔らかな横顔しか映っていなかった。 「ね? そんな力入れなくても簡単にむけるでしょ? ほら、お前もやってみて」 「えっ!? あ、ウス!」 全然見てなかった! 及川さんの顔しか見てなかった。 もう一回やり方を聞けば良いのに何故か慌ててしまって、渡されたピーラーとニンジンを強く掴んで、二つを何度も擦り合わせた。 「えっ? ちょっとやり方聞いてた? そんな乱暴にしなくても──あっ!」 「イ゙ッッッッ!!」 勢い余ってピーラーで思いっきり、指を傷つけてしまった。 青ざめた顔で直ぐ様及川さんが俺の手を掴む。 「バカッ! 何してんの!!?」 「ヤベェ及川さんっ! 血がとまらねぇ!!」 だらだらと血が流れ落ちて、手、袖を汚していく。 まだスゲー出てる! どうにかして止めねーと! もう片方の手で傷口を押さえようとしたその次の瞬間、それよりも素早く及川さんが俺の手を引き寄せ、傷付いた指を口に含んだ。 「つっ! あ、及川さん!?」 痛みと熱 じわじわと指、手が痺れていく。 傷口を舌で撫でられ、指を吸われると、ぞくぞくと身体が震えてしまう。 「あ、あっ、お、及川さん…… 血、汚ねーから、舐めないで、下さ、い……」 声も震えてきて、吐息が熱く漏れる。 指から唇を離した彼が、甘い瞳でこちらを見つめてきた。 「飛雄のどこも汚なくなんかないよ……」 彼はそう微笑んで、口では吸いきれなかった腕へ伝い落ちた血を、真っ赤な熱い舌でゆっくりと舐め上げた。 瞳を真っ直ぐ見つめられたまま逸らさず、掬い上げるように下から上へと滑る。 それに自分も同じように逸らせず、彼の行動一つ一つを真っ直ぐと見つめる。 腕に与えられたその濡れた感触、くすぐったさと一緒にまた身体が揺れた。 「んっ、あっ……お、及川さん……っ」 一際甘く掠れた声が溢れたことに、カッと顔が熱くなったその時、及川さんが勢い良く俺を抱き締めた。 「えっ!? おっ、及川さん! 服に血がつく!」 突然抱き締められて更に顔を熱くさせながら、彼の服に手が当たりそうになって、咄嗟に高く上げた。 そんな手を掴んで引き寄せ、一緒に抱き込む及川さん。 「そんなことどうだっていいよ。 それより、なんなのそのエロい声…… 俺は飛雄とカレー作りしたいのに、そんなエッチな声出さないでよ……」 頬を赤くさせ眉を下げてちょっと困り顔で笑った及川さんに、それでなくても熱かった顔が、もう火をふきそうになった。 「なっ、何言って!? あんたがあんなエロいことしてきたんだろーが!」 「エロいことなんてしてないよ? 俺はただ止血をしようとしただけなのに、飛雄が勝手にエッチな気分になっちゃっただけでしょ?」 彼がよくするあのニヤニヤ顔をされて、 でもその中に、優しさが含まれていることにも気付いて 文句を言いたいのになんか強く言えなくなって、口ごもってしまう。 「あ、あんなに指とか吸われたら誰だって……エロい気分になりますよ」 そう言った途端さっきまで優しい顔をしていた彼が、拗ねたような顔で唇を尖らせた。 「誰だってって、何それ? 他の奴の前でエロい気分にならないでよ」 「あんたまた何言ってんだ!? エロい気分になったのは、恋人であるあんたにあんなことされたからであって、 誰だってと言うのは、恋人にされたら誰でもそうなっちまうって意味です!」 もうなんだよ! 言っててスゲー恥ずかしくなったじゃねーか! 恥ずかしさにたえられなくなって顔を隠そうとすると、彼の両手に頬を包み込まれて、チュッとキスをされた。 触れただけの唇は直ぐに離れていって、及川さんの満面の笑みが視界に鮮やかに映った。

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