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第271話

及川さんに手を引かれて、リビングのソファーに座らされる。 もうそこには折り畳みテーブルとソファーが置かれているだけになっていた。 本棚やテレビなどもあったけど、それらはダンボールの中にしまわれている。 及川さんは、荷造りされているいくつかのダンボールの中の一つを取って、ガムテープをはがした。 「確かこの中に救急箱が入ってたはず…………ん、あったあった」 「すんません。せっかく片付けてたのにまた出させて……」 「ほんとだよ。飛雄のバ~カド~ジ」 「すんません……」 もう謝ることしか出来ない。 深々と頭を下げるとクスッと笑われて、旋毛をグリグリと指で押された。 「いででででっ!」 「飛雄なんかハゲちゃえ~」 「や、やめてくださいよ! 本当にハゲたらどーすんですか!?」 「ハハッ。ほら、手ぇ出して」 頭のてっぺんを擦りながら差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。 その手をふわっと握られ、優しく引き寄せられた。 彼がガーゼを取り出したのを見て、手当てしやすいように怪我した指を浮かせる。 だいぶ止まったみたいだけど、少しずつ滲み出てきている血をガーゼでポンポンと拭きながら、彼がため息を吐いた。 「お前、セッターなのにこんな怪我して…… セッターは指先の感覚が一番大事なのに、もっと気を付けなきゃダメじゃん」 「……すんません」 「……セッターってだけじゃない、大切な飛雄の体だよ? 自分の体は自分で守って、もっと大切にしなきゃ、及川さん……すごく心配だよ……」 及川さんの言葉に思わず目を見開くのと同時に、胸が強く締め付けられた。 俺は、前までの俺は、こんなに誰かを頼るような人間じゃなかったはずだ。 誰にも負けない、負けないように、頼らないようにがむしゃらに走り続ける。 そんなだったはずなのに……及川さんと出会ってからの俺は、いつも彼を追い掛けて 彼の手を、温もりを、優しさを、彼の全てを求めて…… いつの間にか頼りきっていた 強くならないといけないのに…… 分かっていても……それでも彼を求めてしまう。 もっと強くなって、及川さんと離れていても平気だって言えるようにならないと、彼を困らせてしまうのに…… 「…すんません……いつも守ってもらってばっかで…… それじゃダメだって分かってんのに……」 「いや、ダメじゃないよ。俺はお前の彼氏だからね、もっといっぱい守ってあげたいし、頼ってほしいよ。 どんなことでも良い、なんでも俺に相談してほしい。 だって、これから……相談を聞くことしか出来なくな……」 彼はそこまで言ってから、突然自分の両頬を思いっきり叩いた。 ベシンッと、とても良い音が鳴って、俺はまた大きく目を見開いた。 その目で見つめた先の彼は、眉を下げながら笑っていた。 「は、ははは……それよりさ、カレー作り全然進まないじゃん、もぉ~」 「えっ、あ、すんません……」 「お前さっきから謝ってばっか! 今日は二人で一緒に出来る特別なことをして、お前と目一杯楽しみたかったのにさ 怪我するし、謝ってばっかだし、全然楽しくないじゃん!」 そう文句を言いながら、彼はテキパキと怪我の手当てをして、素早く救急箱をしまう。 手当ても、文句のことも申し訳なくて、俺はまたも頭を下げた。 「すんません……」 「ほらぁ~、また謝ってる~」 彼はため息を吐きながら笑って、俺の頭にチョップをかます。 「イテッ……すんません……」 「もぉっ、また謝ってる! ほら、キッチン行くよ! 俺が作るのちゃんと見て、作り方覚えてよね」 「えっ!? 俺もやりますよ」 「バカ。手ぇ怪我したくせに、何言ってんの?」 そう言ってからキッチンへと向かっていく及川さんの背を慌てて追い掛ける。

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