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第279話

桜が舞い散る4月…… 彼が東京へ旅立った時は、確かまだ蕾も膨らんでいなかったはずなのに…… いつの間にか満開になって、俺の眼前を彩る 空は快晴 東京はどうだろう? 晴れてますか? 桜はこっちと同じように満開ですか? そんなことを考えながら彼の姿を思い浮かべ、ポケットから携帯を取り出す。 “ 空の写真送って そうしたら俺も東京の空の写真送るから ” 彼の姿を思い浮かべたら、一緒に彼の言葉も浮かんできた。 携帯をカメラモードにして、空と桜が綺麗にバランス良く写るように腕を上げて構える。 これで良いと思いシャッターを押してみたが、手が少し揺れてしまって、写真がぶれてしまった。 「あっ! チッ……ブレた……」 写真撮るの苦手なんだよな……どうやっても綺麗に撮れねぇ…… でもこの綺麗な桜と空を、どうしても彼に見てほしい。 くそー、カメラなんかに絶対負けねぇー! もう一度構えて、シャッターを押す。それも綺麗に撮れなくて、悔しくて何度も何度もシャッターを切った。 くっそ! 及川さんのボゲェ…… 写真撮るの苦手なのに、空の写真送れとか言うから……上手く撮れねーじゃねーか! なんて心中で文句を言いながらも、無意識に口角が上がってしまう。 「よしっ! もっかい撮るか! 今度こそ負けねぇー!」 そう自分を奮い立たせて、腕を上げて構えようとしたその時 「綺麗に撮れた?」 後ろから声を掛けられ、振り返る。 そこに居たのは、俺と同じ制服を着た長身の男が立っていた。 制服同じだし、たぶん烏野だと思う…… 俺は人の顔を覚えるのが苦手だから、話したことのない人の顔や名前は興味ないし、覚えられない…… 「桜すごい綺麗だから、撮りたくなるよな」 「そ、そっす、ね……?」 「影山さ……俺のこと知らないだろ?」 「いや、えっと……」 知らない人に話し掛けられて無意識に目を泳がせていると、クスリと笑われた。 つーか、なんで俺の名前知ってんだ? 「……俺は、影山のことよく知ってるよ」 「えっ!? なんで知ってるんすか? 俺は知らねーのに」 「知らないって、酷いな」 正直に言うと、男は酷いと言いながらも楽しそうに笑っている。 「ずっと、見てたから」 「は? 何を?」 「影山のこと」 ……は? 何言ってんだこいつ…… 見てたって、なんで見るんだ? 見んなよ そんなことを考えていると、男が眉を下げて苦笑した。 「そんな迷惑そうな顔すんなよ。地味に傷付くんだけど」 「す、すんません……」 「名前、覚えてほしいな。 俺、黛至っていうんだ。よろしく!」 「まゆずみ、いたる? ……まゆずみ……って苗字っすか??」 「そーだよ」 「珍しい苗字っすね……」 「それ、よく言われるよ。 確かに、この辺じゃあ他に聞いたことないな」 「あと、いたる?って名前も珍しいっすよね……」 「それも、よく言われる。 まゆずみって苗字が珍しいからって、母さんが名前も珍しくしたいと思ったらしくて、いたるにしたんだって」 「へぇーー……本当に珍しいっすね……」 珍しいって言う度、彼は嬉しそうに微笑んでいる。 覚えてほしいって言われたけど……こんな難しい名前、覚えられそうにねーな…… 「まゆずみ、いたる、まゆずみ……いたる? まゆずみ、まゆずみまゆずみ……」 覚えるために名前を何度も復唱していると、彼の顔がなんだか少し赤くなってきたような気がした。 「あの……なんか顔赤くないっすか? 大丈夫っすか?」 首を傾げて彼の顔を覗き込むと、彼が勢い良く顔を手でおおった。 「ちょっ! あんま見んなよ! 影山に何回も名前呼ばれたから、恥ずかしくなったんだよ!」 「へ?」 な、何言ってんだこの人…… 耳まで真っ赤になって言うもんだから、名前を何回も呼んでしまったこっちまで恥ずかしくなってきた。

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