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第285話

この人目ぇおかしいんじゃねーのか? さっきのどこをどう見たら楽しそうに見えるんだよ…… 頭の中ではそう悪態をつきながら、でも相手は先輩だ、そんなこと口には出さないようにして取り敢えず礼儀正しく挨拶しとこう。 「……黛先輩ハザッス……」 「ハハハ、おはよう。なんか機嫌悪い?」 「……っ、べ、別に悪くないっすよ」 黛先輩が笑いしながら俺の顔を覗き込んできて、慌てて顔を逸らした。 そんな俺にやっぱり彼は笑っている。 「ハハッ、お前隠すの下手だな」 「別に何も隠してなんかないっすよ」 「ふ~ん、そうか?」 機嫌はもちろん悪いに決まってる。 でも、こっちはスゲーイライラしてんのに黛先輩は何故か嬉しそうな顔をしながら、これまた何故かこちらへと手を伸ばしてきた。 「まぁでも、影山は機嫌悪いんだろーけど、俺はお前に名前覚えてもらえてスゲー嬉しいよ!」 もう本当に嬉しそうな顔で、頭を優しく撫でられた。 なっ! なんで名前覚えたぐらいでそんな顔…… 戸惑って返す言葉が喉の奥に引っ掛かって出てくれず、固まったまま嬉しそうな彼を見つめていると、突然日向に腕を掴まれた。 「影山! 何やってんだよ!」 日向に腕を強く捕まれて、固まっていた思考が働き出す。 「は? え? つーかイテーよ日向ボゲェ!」 咄嗟に文句を言ったけど、逆に日向に思いっきり睨まれた。 「うっせぇバ影山! お前、俺が昨日言ったこともう忘れたのか?」 「昨日言ったこと?」 「なんだよ日向? 顔メチャクチャこえーよ?」 首を傾げる俺の横で黛先輩は相変わらず笑って、日向に話し掛ける。 そんな黛先輩に日向が思いっきり顔をしかめてから、俺の額にデコピンしてきた。 「イテッ!」 「やっぱりもう忘れてんじゃねーか! ほんと影山はバカだよな!!」 「あ゙ぁ!? んだと日向ボゲェ!」 「ボケなのは影山だ!」 「おいおい、喧嘩すんなよお前ら!」 俺達の間に入ってきた黛先輩を、日向はものすごい形相で睨み付ける。 そこで突然、この険悪な空気をぶっ壊すように日向のクラスメイトの男子が、大声を出しながらこちらへと向かって走ってきた。 「おーーい日向ぁーー! お前数学の宿題やってきたかぁ!?」 「は、長谷川!? いや、今そんなこと……」 「そんなことじゃねーよバカっ! 今日俺達絶対あてられるぞ! どーせお前やってねーんだろ? 山田に見せてもらおーぜ!」 「え、いやでもっ!」 クラスメイトに引っ張られながら、日向が眉を下げて俺の方へ目線を向けてくる。 どうしたら良いか分からずこちらも日向を見ていたが、クラスメイトと一緒に走り去って行ってしまった。 「……俺、日向に相当嫌われてんな」 横目でこちらの様子を窺うように、黛先輩がポツリと呟いた。 ……いや、別に日向は黛先輩を、嫌ってるわけではないと思う。 ただ…… 「俺のこと心配しているだけだと思います…… ムカつくけど、確かに俺はまぁあいつの言う通りバカだし、日向に色々心配かけてるんだと思います……」 日向の眉を下げてこちらを見つめてきた、あの心配そうな顔を思い出す。 何故かは俺には分からないけど、日向はきっと俺と及川さんのことを心配してくれているんだと思う。 それって、日向にもうしわけねーけど、なんかスゲー嬉しいことだよな…… そんなことを考えていると、何故か黛先輩が笑った。 「心配してもらえて嬉しい?」 「え? あ、まぁ、友達に心配されたら、そりゃ嬉しいっすよね?」 「ふ~ん……友達、ね……」 彼が怪しく目を細める。それになんか嫌な感じを覚えながら首を傾げていると、彼はまた笑顔になった。 「影山って、スゲーモテるよな。 ……特に男に」 「……え?」 突然何言うんだこの人…… 「日向はもう気持ち変わったみたいだけど、そーゆー気持ちがあったからこそ、お前のこと心配してるんじゃねーの?」 「…………」 そーゆー気持ち…… それって、昔日向が俺のこと好きだった時の気持ちか……? 何が言いたいんだろこの人は…… 「さっきさ、楽しそうだったって言ったけど、一番楽しそうだったのは日向だったよな~っと思って」 「そーなんす、かね?」 もう、この人が何を言おうとしているのか分からないし、分かりたくないような気もした。 「俺さ、月島にも嫌われてると思うんだけど…… ……影山は俺のこと嫌い?」 「え?」 何を突然そんな質問してくるんだ? わけわかんねー…… 「嫌いも何も、俺達昨日はじめて話したんで、そんなこと分かんねーっす……」 そう言った途端、黛先輩は思いっきり口角を上げて、また俺の頭を撫でてきた。 「そっか! なら、好かれるようにもっと頑張んないとな! じゃーな影山!」 俺の髪をぐしゃぐしゃっと掻き回してから、彼は満面の笑みを浮かべて、立ち去って行った。 なんなんだあの人…… よく分かんねーけど、ちょっと怪しくて、心の奥底に何かを隠し持ってる人 そんなことを思いながら、俺も教室へと向かうことにした。

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