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第288話

『どーしたの飛雄? そんな慌てたようなでかい声出して。 そ~んなに及川さんとお話したかったの?』 笑いを含んだ声。 楽しそうな、からかうような声なのに、その中には優しさも感じられる。 及川さん……あんたはいっつも、どんなに離れてても、俺のことを一番良く分かってくれている。 やっぱり心と心はどんなに離れてても繋がっているんだ そう強く実感した あなたの声を聞いただけで、ずっとイライラしてた心が落ち着いて、軽く穏やかになっていく。 でも…… イライラはおさまっても、下半身のムズムズは今も継続中だった。 「……及川さん……あの……」 『なぁに?』 「…………えっと……」 『どーしたのトビオちゃんっ?』 そんな明るい声で返事されるほどの内容ではなさすぎて、思わず口ごもってしまう。 それに…… 今の俺の状態を彼に話したところできっと、いや絶対に困らせてしまう。 だって彼は今、俺に触れることが出来ないのだ。 俺はめちゃくちゃ及川さんに触れて欲しい。 そして、きっと彼も俺に触れたいはずだ。 でも……どんなに願ってもそれは叶わない。 「………………及川さん……えっと、最近そっちでの生活はどーっすか? 慣れてきましたか? バレー頑張ってますか?」 彼を困らせたくなくて、思わず思ってたこととは違うことを言ってしまった。 でも、これも聞きたかったことだし、嘘はついていない…… そんな俺の質問に彼は何故か小さく声を漏らして笑ってから、声のトーンを少し上げて喋り出した。 『うん! こっちの生活も大分慣れてきたよぉ~。友達も沢山出来たしねぇ~ バレーももちろん頑張ってるに決まってんじゃん! 周りには俺の想像以上の何十倍もすんごい強い奴らでいっぱいでさ~ もぉ~負けてらんないって感じ! 俺どんどん強くなっていくよ~。またサーブの威力も上がったしねぇ。 お前、俺を追い越すとか言ってたけどさぁ~、もっともっと頑張んないと、なかなか難しいかもよぉ~ って言うぐらい俺レベルアップしちゃってるからねっ!』 見えないはずなのに、意地悪な笑顔を浮かべてダブルピースをしている姿が自然と頭中に浮かんできた。 早口で長々東京での生活を楽しそうに語る彼に、俺は複雑な気持ちで胸が締め付けられた。 「…………そっすか……」 ここで今までの俺なら、絶対に負けません! って返してるはずなのに…… そう言いたいのに、今日の俺はバレーも何もかもズタボロだった。 一番の特技のバレーですらこんな状態で、負けませんとか、追い越すとかそんな自信満々に言えるわけねぇ。 及川さんがどんどん遠ざかって、見えなくなっていく。 東京とかそんな問題じゃなく、遠く手の届かない存在になってしまう…… ダメだ……情けねぇー どうして俺は、こんなんになっちまったんだ…… 俺は震える手で携帯を握り締めたまま俯いて、何も喋ることが出来ないでいた。 そんな俺にどう思ったのか、突然及川さんが甘い優しい声を出して、俺の名前を呼んできた。 『飛雄……』 「…………及、川さん……?」 『よしよし』 「っ!」 『飛雄、よしよし』 「お、いかわ、さんっ……」 そんな優しい声で、俺の頭を撫でてくれようとする彼に、胸が締め付けられて涙が溢れ落ちて、止められるわけがなかった。 『飛雄、大好きだよ……』 甘い甘い愛の囁き 鼻が痛くなって、涙が止まらなくて、俺は口を押さえながら強く目を瞑った。 遠ざかったと思っていた彼が直ぐ傍にいて、 微笑みながら頭を撫でてくれる。 『俺ね、飛雄がいてくれるから、もっともっと頑張れる。 飛雄が俺を想ってくれるから、追い掛けてくれるからもっともっと強くなれるんだよ』 「……っ、おい、かわさんっ……すんません……」 彼がこんなにも俺のことを想ってくれている。 嬉しすぎて、それと同時に罪悪感に苛まれた。 「俺だって、もっと強くなりてーのに、及川さんを追い越して、ぜってー勝ってやるって…… いっつも思ってんのに…… あんたが東京に行ってからの俺は、全部がズタボロで。 カッコ悪くて、情けねぇー……」 もうそれからは何て言ったら良いのか分からなくなって、また俯いてただ携帯を握り締めることしか出来ない俺に、彼は大きなため息を吐いた。 『お前は、ほんと何にも分かってないねぇ~ 昔からそーゆーとこがダメダメなんだよ!』 「……すんません」 『言ったでしょ? 俺には飛雄がいてくれるから、強くなれる。 前に進めるんだよって』 「お、俺にだって及川さんがいてくれんのに、それなのに俺はあんたの言う通りダメダメになっちまった!」 そう声を大にした俺に、彼はまた大きなため息を吐いた。 『なんでそーなったのか分かんないとこがダメダメなんだよ!』 「なんでなんだよ! 及川さんのボゲェ!」 『それはね、飛雄が一人でしょい込んじゃうから、行き詰まっちゃうんだよ』 「は?」 間抜けな声を出してしまった俺に、彼はフフンと余裕そうに笑った。 なんかスゲームカつくんだけど。 『俺にはねー、飛雄のことなんて全てお見通しなんだからね!』 「なっ! なんでお見通しなんっすか!?」 『それはぁ~、俺の方が飛雄への愛が大きくて深いからだよっ!』 「はぁ!? 俺の方があんたが思ってるより、何十倍も何百倍もあんたのこと好きです! ぜってー負けねー!!」 『フッ……ふへへへ……』 「なっ、何笑ってんすか!?」 『ハハハッ! いやぁ~俺、ものすんごい愛されてんなぁーっと思って♡』 「っっ!!」 『へへへへへぇ~ 嬉し~な及川さん♪ こんなに愛されてさっ! お礼にまたよしよししてあげるね♡』 「なっ! お、及川さんのボゲェェェ!」 『ふへへ、ほんとカワイーねトビオちゃんは♡』 及川さんが一頻り笑って、俺がギャーギャー文句を言った後、彼はさっきより少し真面目な声で話し出した。 それに一つ胸が鳴る。 『飛雄さ、本当は他に何か言いたいことがあるんでしょ?』 「……ん、んぬん……」 『しかも、それは及川さんが大きく関わってることだろ?』 「な…なんでほんとあんた、そんなに分かんだよ……」 やっぱり及川さんはすごい すごすぎる…… 俺の言葉に彼は、さも当然のように自信満々に、こう言ってのけた。 『飛雄のことだもん、及川さんは何でも知ってるよ!』

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