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第300話
結局母さんにあの声を聞かれてしまったのかどうなのか、聞きたくても怖すぎて聞けなかった。
朝食を食べている最中に何度か母さんの顔色を窺ってみたけど、いつも通りだった。
じゃあなんで及川さんと電話してるってバレたんだ?
謎は解けぬまま、笑顔の母さんから弁当を渡され、冷や汗をかきながら家を出た。
……因みに精液が飛び散った布団は洗う暇なんてなかったから、ベッドの下に放り込んできた。
面倒臭いけど、帰ってから洗うしかない。
「はぁー……」
自然と溢れるため息。
「何朝っぱらからため息ついてんだ!
おっ、でもあんま、暗い顔はしてねーみてーだな」
突然傍らに誰かが近付いてきて、顔を覗き込まれた。
「な"っ!!」
こんな近くに人が近づいて来ていたなんて、気が付かなかった。
油断してた……
慌ててその人物から離れて咄嗟に身構えたが、久しぶりの顔に同時に俺は目を見開いた。
「いっ、岩泉さんっ!!」
思わず相手の名前を、声を大にして叫んでしまう。
そんな俺に岩泉さんは、眉を下げて苦笑した。
「ビックリさせたみてーだな。ワリー影山……」
久しぶりに見た岩泉さんの姿に、自然と笑みが溢れる。
「久しぶりですね岩泉さん!」
「久しぶりって言っても2、3ヶ月ぶりぐらいか?」
「そー言えば、2年ぐらい会ってなかった時もあったのに、3ヶ月ぐらいでスゲー久しぶりに感じました」
「多分それって及川のせいだろーな……」
「及川さんのせい?」
微妙そうな声を出して苦笑する彼に、俺は首を傾げた。
「及川が一人でギャーギャー騒いで、あいつのことは別にどーでもいーけど。振り回されるお前が心配で、ちょくちょく声かけてやらねーとって思ってたから。
だから前より話すことが増えたのに、突然会わなくなって久しいって感じたのかもな」
「岩泉さん……心配かけちまって、すんません……」
「いや、そんな風に思うなって! 俺はだな!」
「でも、スゲーありがたいです!
アザッス!」
及川さんと付き合えて、スゲー嬉しくて舞い上がって、でも不安も悩みもいっぱいで……
岩泉さんには、沢山助けて貰った。
本当にありがたいって思ってる。
勢い良く頭を下げた俺に、彼は一瞬目を見開いたけど、嬉しそうにニカッと笑ってくれた。
「中学の頃よりもずっと影山と仲良くなれた気がする……
中学の頃も話はしてたけど、やっぱあの頃とはなんか違うんだよ。
あいつと影山が付き合いだしてから、お前のこと気にかけるようになって、沢山話せてスゲー嬉しかったんだって今、気付いたわ……」
「岩泉さん……」
「こっちの方こそありがとうって言わねーといけねーな……
なんか腹立つけど、及川にちょっとは感謝しねーとな」
明後日の方向に目線を逸らしながら照れ臭そうに笑う岩泉さんに、胸がじわりと熱くなった。
「でも最近何かと忙しくてなかなか話せなかったから、気になってたんだ。
でも、元気そうで良かったよ!」
「え? 俺、元気そうっすか?」
まあ、元気ではあるけど。
さっきちょっと及川さんと喧嘩みたいになって、母さんのこととか、精液のついた布団とかのことでちょっとイライラしてたのに……
「ため息ついてたから辛気臭ー顔してんのかと思ったら、機嫌良さそうな顔してたじゃねーか」
「そんなに機嫌良さそうな顔してました?」
「おうっ! してたしてた!
及川とうまくいってるみてーで良かったよ」
「なっ! なんでそこで及川さんが出てくるんすか!?
俺が機嫌良さそうなのとは関係ねーかもしれねーのに!」
笑顔で出てきた名前に、思わず狼狽えてしまう。
そんな俺に彼は、相変わらずの笑顔だ。
いや、なんかニヤニヤしてるようにも見える。
「お前の顔に書いてあるんだよ。及川とうまくいってるってな」
「えっ!?」
慌てて額から顎まで触ってみたが、特にいつもと変わった感触もなく、俺は頭上に?を浮かべた。
そんな俺の様子に岩泉さんはブフッと吹き出した。
「やっぱりそーすると思ったぜ!
本当に書いてあるわけねーだろ」
「嘘、ついたんすか……?」
恨めしく岩泉さんを睨むと、また吹き出された。
「お前本当に可愛いな!」
「なっ、及川さんみたいなこと言わないで下さい! 男に可愛いとかっ!!」
「及川と時々LINEするんだけど、あいつがしょっちゅう影山が可愛い、可愛くて仕方ないってそればっか言うから、ウザかったけど、本当に可愛いな」
「…………岩泉さんって可愛いとか、嬉しかったとか、相手がちょっと恥ずかしくなるようなことを、素直にサラリと言っちまうような人でしたっけ?」
「っっ!?」
仕返しとばかりに睨みながら言ってやると、岩泉さんは肩を跳ねらせてから、また明後日の方向に目線を逸らした。
「俺も色々あって、変わっちまったのかな?」
「影山?」
岩泉さんがそう言ったところで、突然後ろから名前を呼ばれた。
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