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第301話

振り返ると、黛先輩が何故か眉間にシワを寄せながら、こちらに近付いて来ていた。 「ま、黛、先輩? ハザッス……」 「……おはよ」 なんか怒ってる? こんな黛先輩初めて見た。 いつも笑顔なイメージの先輩が、こんな険しい表情をするなんて。 気が付かない内に、気分を害する様なことをしてしまったのだろうか? 黛先輩は険しい顔のまま、俺に挨拶し返した後、岩泉さんを凝視しだした。 そんな彼に岩泉さんは怪訝顔で俺の耳元に口を近付けて、小声で質問してくる。 「……誰だこいつ?」 「同じ学校の先輩です」 「3年か……」 「……ウス。黛さんって名前です」 なんてコソコソと話していると、黛先輩が表情を変えぬまま口を開いた。 「青城の岩泉さん、ですよね?」 「もう卒業したけどな……」 岩泉さんの返しには返事をせず、黛先輩はキョロキョロと何かを探しているような仕草を見せた。 「? 黛先輩?」 「……他に人は?」 「居ませんけど?」 ずっと固い表情で、口調もいつもの柔らかさが無い。 そんな珍しい先輩に居心地の悪さを感じていたが、俺の返事を聞いた途端いつもの先輩に戻った。 「そっか! なら良いんだ。あれ、そー言えば挨拶したっけ? まぁいっか。おはよう影山」 「え? あ……ハザッス……」 さっきまでのどす黒いオーラはどこへしまったのか、いつもの笑みを浮かべる先輩に呆然とする。 なんか誰かを探していた様に見えたけど、大丈夫なのだろうか? なんて考えながら岩泉さんの方へと目線を向けると、今度は彼が眉間にシワを寄せて黛先輩の様子を窺っている様だった。 そんな岩泉さんの視線に気付いていないのか、黛先輩は笑顔で岩泉さんに話し掛けた。 「すみません。岩泉さんにも挨拶してませんでしたよね? おはようございます」 「……お前、さっきと別人みてーだな……」 岩泉さん!! それを直接本人に言うのか!? 流石ですね!!  俺もそう思っていましたけど! そう叫びたいのに、言ったらいけないと頭の中で警告音が鳴り響いている。 「あ、ごめんなさい……俺、昔から考え事したりしてると、挨拶とか忘れたり、周りが見えなくなってしまうみたいで。とにかく変な奴って言われるんです。 失礼なことしてたらすみません」 黛先輩は笑顔でそう言って、頭を下げた。 本当に別人みたいだ…… 「お前……変って言うか、危ない奴だぞ…… 直した方が良いぞ」 また岩泉さんがサラリと言った言葉に愕然とする。 直した方が良いけど、危ない奴ってまた本人に言うか? 俺も考え無しに相手に言ってしまうことがあるけど、初対面の人には流石に言わないと思う。 「本当にすみません。努力します」 危ない奴とか言われたのに、苦笑しながらも真面目に謝る黛先輩。 確かにさっきの彼は危なくて怖い人に見えたけど、今は笑顔を絶やさない真面目で良い人に見える。 本当の先輩はどちらなのだろうか? 「おーーーーい影山ぁーー!!」 なんて首を傾げていると、また誰かが後方から俺の名前を呼んだ。 誰かがも何も、この声は日向のクソボケだ。 イライラしながら勢い良く振り返ると、間抜け面で日向が手を振りながらこちらへ向かって走ってきた。 その後ろの方で月島がノロノロと、歩いて来ている。 「日向クソボゲェッ!!」 「なっ、なんだよ朝からそんな怒鳴って! まだ機嫌悪いのかお前……」 なんか無性にイライラして日向に罵声を浴びせると、日向が拗ね顔で口を尖らせた。そこで俺の隣に居た黛先輩の存在に気付いたらしく、突然俺の腕を強引に引っ張って先輩から遠ざけた。 「おわっ!! なっ、何すんだっ!?」 「バ影山は黙ってろ!!」 誰がバ影山だ!! お前が黙ってろ!!  と、怒鳴ろうと思ったが、そう言えば日向は何故か黛先輩のことが苦手? 嫌ってたんだっけ? なんでかは全然分からないけど、嫌いなもんは嫌いなんだろう…… 俺はため息を吐きながら、仕方なく黙っていることにした。 日向は俺を隠すように、黛先輩の前に立ちはだかった。 別に俺は黛先輩のこと嫌いじゃないし、隠したりしなくても良いのに…… 「……ハザッス黛さん……影山になんか用があるんですか?」 日向に似合わない低い、犬が威嚇して唸るようなそんな声。 そんな日向に臆する様子は微塵もなく、黛先輩はニッコリと微笑んだ。 「朝の挨拶をしていただけだよ。 そんなに嫌わなくても良いだろ? 月島も」 黛先輩の言葉に後方に目をやると、月島も日向と同じように眉間にシワを寄せて先輩を睨み付けていた。 なんか……及川さんと仲良くなる前に二人が、確かこんな顔をして及川さんを睨んでいたことがあったような…… 懐かしいな 今は及川さんと俺が付き合うのを応援してくれてるみたいだから、いつか黛先輩とも仲良くなってくれるだろうか? 「まあ、俺も二人の気持ちが分かるからさ、そろそろ退散するよ。 じゃあ影山また学校でな!」 「ウスッ!」 気持ちが分かるってどういう意味なのだろうか? 笑顔でこちらに手を振りながら立ち去る先輩に、俺も笑顔で会釈した。

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