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第305話

俺と及川さんが別れただぁ!?!? 何言ってんだ! 冗談でもやめてほしい と言うか、なんで黛先輩が、俺と及川さんが付き合ってること知ってるんだ? 一度もこの人に話したことなんて無いのに。 「なんであなたが、俺と及川さんが付き合ってること知ってるんスか?」 「だから、さっきも言っただろ? ずっとお前を見てたからだって」 「なんで俺を見てたんスか?」 「いや、だから……」 黛先輩は呆れたように頭を抱えて、ため息を吐いた。 「影山のこと好きだからずっと見てたんだよ」 「好きって、意味が分かりません。 だって俺達、つい最近知り合ったばかりっスよね? いつから好きになったって言うんスか?」 そう質問すると彼は顔を赤くして、恥ずかしそうにモジモジしだした。 あんなに女子にモテて囲まれて、爽やかな感じの人だったのに、なんだよその可愛い仕草は…… 「好きになったのは、半年ぐらい前からかな…… だから、影山と話せるようになって、スゲー嬉しかった!」 目をキラキラさせて、本当に嬉しそうに笑う彼が、本当にすごく可愛く見える。 だから、先輩はあんなにモテるのだろうか? 「でも……俺、男ですよ?」 「男の及川と付き合ってたくせによく言うよ」 「及川さんとは性別とか関係ないんです! 及川さんが女でも好きになってました。 絶対!!」 そう自信満々に声を大にして言ってやると、黛先輩はフッと声を出して笑った。 「だったら俺だってそうだよ。 性別とか関係ない。影山だから好きになったんだ」 「俺のどこを好きになったんスか?」 そう問うと先輩は長い沈黙の後、顔を真っ赤にして、言葉を絞り出すように口をやっと開いた。 「………………その……言いにくいんだけど……俺……影山と及川が、きっ、キス、してるとこ見ちゃったんだ……」 「え"ぇっっ!!?」 そんな恥ずかしいところを、いつ見られてしまったのだろうか? でも、及川さんはよく所構わず色んなとこで、突然キスしたりとかしてきていたから、誰かに見られてしまったとしても不思議ではない。 外だからやめろって何回も言ってたのに、飛雄が可愛いのが悪いとか意味の分からないことばっか言って、全然やめてくれなかった。 それで誰かに注意されたりとかは無かったから、運良く見られなかったと安心してたけど やっぱり見られてたんだな…… ただ言われないだけで くっそー及川さんのボゲェ! あんたのせいでこんな恥をかいてしまったじゃねーか! あんたは今ここに居ないから別に平気だろうけど、いたとしてもヘラリと笑って 『見られちゃったね☆』 とか言って舌出して笑って、恥ずかしいとか感じなさそうで腹が立つ。 俺ばっか恥ずかしいなんて不公平じゃねーか! 「あ、あの……見苦しいもん見せちまってすんません……」 気まずさを隠すように、深々と頭を下げる俺に、先輩は慌てたように首を振った。 「違うんだ影山! そう言うんじゃなくて、お前がスゲー可愛くて、綺麗だったから!」 「きっ、綺麗……?」 全然納得出来ないけど、及川さんには良く可愛い可愛いと言われる。 けど、綺麗と言われるのは初めてだ。 可愛いも綺麗も俺には絶対に似合わない言葉なのは確かで、なのに何故この人はそんなに自信満々そうに言うのだろうか? 「最初は同じ学校なのに、影山のこと全然知らなくて。 烏野の校門に何故かあの有名な及川が来てて、興味本位でこっそり見てたんだ」 及川さん雑誌とかに良く載ってたから、バレーとかに興味無い人でも知ってるんだな。 「そしたら、しばらくしてうちの男子生徒が及川に近付いて行って、なんだ友達を待ってたのかって思ってたら…… 突然、及川が、その男子生徒にキスし出して……」 「うっ! あー……それは……」 「うん。その後にあの男子生徒が影山だったんだって知ったんだけど…… その、キスした後の影山は真っ赤な顔をして恥ずかしそうだったけど。 真っ赤な顔で唇ムズムズさせてんのが可愛くて、 それで、目がキラキラ潤んで光ってて、スゲー綺麗だった。 しばらくお前に見惚れてた…… それからお前のその顔がずっと頭から離れなくなって、恋したって気付いたんだ」 「まっ、マジか……」 何かの罰ゲームかなんかか?? スゲー恥ずかしすぎて死にそうなんだが。 もう顔から火が出るぐらいだ 「それ、今すぐに忘れて下さい……」 「忘れられるわけないだろ! 今でも鮮明に覚えてる!」 「鮮明に覚えないで下さいっ!!」 もうやめてくれ!! そんなハッキリと見られていただなんて、言い訳も何も出来ない。 「あれから……ずっと影山を見てた…… 休憩時間とか、態々お前を探してまでして。 頭からずっと離れなくて、夢中になって止められなかった。 だから、日向と月島が俺と同じだったんだって事も知ってる。 及川と一緒に居る時のお前がメチャクチャ可愛かったから、及川に早く来て欲しいって願うぐらいには夢中になってた。 好きで、好きになりすぎて、でも影山には及川がいるから、この気持ちは叶わないんだなって思っていたら……」 自分の思いの丈を全て俺に伝えようと、止めどなく語っていた黛先輩の言葉が不意に止まったかと思ったら、そっと頬に手が添えられた。 肩を跳ねらし、俯き加減だった顔を慌てて上げると、先輩と見つめ合う形になった。 「影山、及川と別れたんだろ?」 「え? どうしてそうなるんっスか!?」 「だって、毎日来てた及川が、最近烏野に来なくなったから。 それに、影山も元気なかったし。 だから、及川には敵わないって自分でも分かってはいたけど、チャンスだなって……」 「違います、俺達別れてません!! これからもずっと、絶対に別れませんっ!」 先輩の有り得ない言葉に悲しくなって、俺は声を大にして必死に否定した。 そんな俺の反応に、黛先輩は眉間にシワを寄せて、だけど表情は悲しそうに歪められていた。 「えっ!? 嘘だろ……?」 「嘘じゃありません! 本当です!」 「じゃあなんで毎日来てた及川が来なくなったんだよ!? 別れたからじゃねーの? それとも、喧嘩しただけって言うつもりか!?」 「及川さんは、東京に上京しただけです」 「……えっ?」 黛先輩の有り得ない物でも見たかのような落胆したような顔に、思わず口ごもってしまいそうになる。 それでも、ちゃんと言わねーと、そんな勘違い絶対に許さない。 「夢を叶えるために上京したんです。 もちろん俺も卒業したら上京するつもりです! バレーの頂点に立ちたいんで!! 遠距離になっちまったけど、俺達の心は繋がってるんで、大丈夫なんです!」 胸を張ってそう言い放つと、黛先輩は今もなお悲しみに顔を歪めて、瞳を揺らしているように見えた。 泣かせてしまったのだろうか? 気持ちが届かない悲しみは、俺も痛いほど分かってはいるけど…… やっぱり辛いな…… あの時、日向と月島の時も感じた辛さ…… だけど、気持ちに応えることは出来ない だって…… 「俺には、及川さんがいるので。 ……すんません……」 罪悪感を感じながらも深く頭を下げた。 例え及川さんと両想いになっていなかったとしても、俺には及川さん以外考えられない。 初恋…… 中学の 及川さんに恋したあの時から、もう 他の人と付き合うなんて有り得ない 無理だから 「…………………………分かって、たよ…… 及川と一緒にいる影山は本当に幸せそうだったから。 勝てない、奪えないって、最初から分かってたよ。 でも、別れたのなら、もしかしたら奇跡が起きるかもって……期待したけど やっぱり……そうだよな……」 揺れた声音でそう呟くように言ってから、先輩は踵を返した。 「影山……聞いてくれて、ありがと、な……」 先輩から聞いたこともない、彼には似合わない小さな弱々しい声で呟いてから、 黛先輩は、立ち去って行った

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