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第307話
なんか今日は疲れたな……
こう言う日は、早く飯食って風呂入って早く寝るってのが前までの俺だったけど
今の俺は、及川さんと電話で話したい。
それがダメならメールでも良いからしたい。
疲れているはずなのに、及川さんを感じたくて仕方ない……
家に帰って、自室に直行し、ドアを開けた所であることに気が付いた。
ベッドにシーツが綺麗にかけられているではないか!
確か精液がついたから、ベッドの下に放り込んでいたはずなのに……
「まっマジか……どう考えても母さんだよな……?」
恥ずかしいし、絶対に精液ついてるってバレたよな?
母さんどう思ったかな……
落胆し、項垂れていると、一階から母さんの強声が聞こえてきて、ビクッと肩が跳ねた。
「飛雄ー! 部屋に行く前に弁当箱出しときなさいよ!
洗えないでしょっ!」
「ごめん母さん!」
今母さんと顔を合わせたくないのに……
そう嘆きながらエナメルバッグを開けると、弁当箱の上に入れていた昼休憩の時に後輩から貰ったカラフルなマカロンに目が留まった。
「そー言えば貰ったんだったな……」
先輩も沢山貰っていたけど、食べたのだろうか?
このマカロンを貰ってから、先輩との会話が変な方向へと傾いてしまったことを思い出す。
嫌なこと思い出したな……
「それにしても、綺麗に出来てんな……」
及川さんも料理上手だし、野菜とか包丁で素早く綺麗に切ってたし、皆器用に何でも作れるんだな。
俺はこういった物全般が苦手だ。
バレー以外は本当に何にも出来ない……
及川さんはバレーも料理も勉強もなんでも器用にこなしてカッケェなぁ……
無意識にニヤリと口角が上がっていく。
そんなことを考えながらマカロンの包みを開けて、1つ食べてみる。
「結構いけるな」
甘過ぎず、真ん中のクリームもうめぇ
マカロンって初めて食べたけど、なかなか旨いな。
もう1つ手を伸ばそうとしたところで、突然携帯の着信音が鳴り響いた。
「っっ! おっ、及川さんっ!」
まだ誰からかかってきたか分からないのに、及川さんだって確信があった。
素早く携帯を開き、ディスプレイを確認することなく一目散に通話ボタンを押した。
「もしもし及川さんっ!」
『うわっ! すんごい勢い!
何々? トビオちゃんは及川さんからの電話を心待ちにしてたのかなぁ~?』
やっぱり及川さんだった!
俺には分かる。
彼の言う通り心待ちにし過ぎて、及川さんかそうじゃないかを察知出来る、特殊能力を手に入れたのかもしれない。
「ずっと電話したいって思ってたので」
『可愛いこと言ってくれるじゃん』
「可愛くねーっス!
及川さんも俺と電話したくなったから、してきたんですよね?
だったら及川さんも可愛いことになりますよ」
『飛雄の可愛さには敵わないよ。
ところで、トビオちゃんは今何してたの?』
「マカロン食ってました」
『へぇ~飛雄マカロンなんて食べるんだね。マカロンみたいな洒落た物食べるなんて、なんか飛雄らしくない感じ……
そーゆー洒落たこと、誰かに教えて貰ったの?』
何故かちょっと不機嫌そう?
まぁ、確かにマカロンなんて初めて食ったし、俺らしくないかも?
売ってあっても買おうとも思わないし。
「これは、後輩の女子に貰ったんです」
『はぁ?』
ドスを効かせた低い声に、ビクッと身体が震える。
久しぶりに聞いた彼の怒りのこもった声に、ビビりながらも何故かドキドキした。
ヤベェな俺……
『それを彼氏である俺に平気で言う?
信じられないんですけど……』
「いや……なんかあげるって言われたので……」
『普通恋人がいるのに貰う?』
「でも……及川さんも女子から菓子をあーんしてもらったとか言ってませんでした?」
いつだったか、ファミレスで日向達と四人で飯食って、女子にあーんして貰ったとかどうとかそう言う話しになって、気まずくなったことを思い出した。
大変だったけど、色々な事があったと思い出すだけで嬉しくなる。
だけど及川さんはまだ低い声で、苛立ちが治まらないようだ。
『それってまだ付き合い始めたばかりの頃の話だろ?
もう、女子が何かあげるって言ってきても、恋人が悲しむからって全部断ってるし!』
こっ、恋人! 及川さん、東京の人達に恋人がいるって話してくれてるんだな……
スゲー嬉しい
『だから飛雄も恋人が悲しむからって、断れよ!』
「分かりました! 次からちゃんと断ります」
『うん。素直でよろしい』
やっと及川さんの声音が柔らかくなって、ホッと安堵のため息を吐いた。
『そー言えば今日さー……』
そう及川さんが言い出したところで、突然ドアが勢い良く開かれた。
「コォラ飛雄っ!! 弁当箱持って来いって言ったでしょ!
次から作ってあげないわよ!!」
「ゲッ! 母さん!?」
母さんが鬼の形相で荒々しく、部屋の中に入ってきた。
だがそこで俺が耳に携帯を当ててるのを見て、眉を下げて困り顔になった。
「ぁ……電話中だったの……今の声聞かれたかしら……やぁねぇ……」
母さんが恥ずかしそうにそう言ったところで、及川さんが母さんにも聞こえるぐらいの大声を出した。
『お母さーん! 俺だから大丈夫ですよー!』
「あっ! あら及川くんだったのぉ?
あー良かったわぁ~」
及川さんの声を聞いた途端、母さんの表情がパァっと明るくなった。
及川さんには聞かれても良いのかよ……
ほんとお気に入りなんだな。
「あら飛雄、それ何?」
激怒したり、恥ずかしがったり笑ったり。
母さんは表情がコロコロ変わるなぁ。
今度は不思議そうな顔で、テーブル上に置かれたマカロンを指差した。
「マカロンだよ……後輩の女子から貰ったんだ」
「えっ!? 後輩の女の子から!?
それをあなた、恋人と電話しながら食べてるの?
見られてないことを良いことに……
飛雄って以外と性悪男だったのね。
それって浮気じゃない?」
「うっ、浮気ぃ!?」
そんな貰ったマカロンを食っただけで、浮気になるなんて……
恐ろしい世の中だ。
まあでも、俺も及川さんが同じことしてたら、確かに嫌かもな。
『そーですよねお母さん!! これって完全に浮気ですよね!』
「そーよそーよ浮気よ、浮気!!
飛雄サイテー!!」
『浮気すんなよ飛雄のバァーカっ!』
「うっ、うるせー……」
二人の声量がどんどん大きくなって、及川さんの声なんか耳元で響くから、頭がキーンっとクラクラする。
「分かった……俺が悪かったです……
すんません。もうしませんから許して下さい……」
まさか二人からこんなに責められるとは……
くれるって言うから、ただ貰っただけなんだけどな。
別に浮気とかそんなつもり全然なかったのに……
そんなことを考えながら、俺は深々と頭を下げた。
「そうよ! 及川くんも遠くに離れて不安なんだから、飛雄が安心させてあげないと」
「わっ、分かった……」
『お母さん、ありがとうございます』
「バカ息子でごめんねぇ~
じゃあ及川くんまた話そうね~」
『はい。また~』
力なく頷いて項垂れると、母さんは満足そうに笑って、俺から携帯を素早く奪い取り、及川さんに笑顔で挨拶してから弁当箱を持って部屋を後にした。
『そっちにはお母さんやチビちゃんとメガネくんがお前を見張っててくれるから、及川さん安心だよ~』
「見張るってなんスかそれ……
ところで及川さん、さっき何か言い掛けませんでした?」
『あぁ、そうだった』
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