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第308話
『今日岩ちゃんから、飛雄と久しぶりに話したってラインが来たよー!
岩ちゃんすんごい嬉しそうだったよー』
やっぱり二人は離れていても、連絡を取り合っているんだな。
東京に行ってしまった及川さんと繋がっている人は、なにも俺だけじゃねーんだ……
及川さんにとって、岩泉さんは特別な存在だからな。
「俺も、久しぶりに岩泉さんと話せて、スゲー嬉しかったです」
『……そっか……良いなぁ……』
ポソリと彼が、羨ましそうに呟く。
「及川さん、岩泉さんに会いたいんスね……」
気軽に会うことが出来る、俺のことが羨ましいんだな。
彼は東京に行って、上手くやってるって平気そうに言うけど、本当はやっぱり寂しいんだ。
岩泉さんに会いたいのはもちろん、青城のメンバー達にも会いてーに決まってる。
『は?』
染々とそう思っていると、彼が何故か間抜けな声を出した。
「え?」
『あっ、あーーうんうん!』
「え? なんスか?」
『いや、岩ちゃんにはすんごい会いたいに決まってるよ! うん絶対会いたい!
でもね、今言った良いなは、岩ちゃんは会いたい時に、いつでも飛雄に会いに行けるんだなーって思って……』
「えっ!? お、俺に?」
『我が儘だって分かってるけど、俺だってこんな電話じゃなくて、直接飛雄の顔見て話したいよ……』
「……及川さん」
『だから、飛雄の傍に居る皆がすんごい羨ましい!』
俺、岩泉さんにちょっと嫉妬してた。
及川さんと岩泉さんは特別な関係だって知っていて、それに嫉妬するなんて間違っている事は分かっていたけど。
でも及川さんは俺のことを、想ってくれていた。
それが分かって、なんだがスゲー恥ずかしい。
でも、嬉しくて、テレる……
「及川さんも、やっぱり俺に会えなくて寂しいんスね」
『当ったり前じゃん! 寂しくないとでも思ったの?
寂しいに決まってんじゃん!』
ムキになっているような口調で一気に喋る彼に、俺は思わず笑みが溢れる。
「俺も、寂しいっス」
『当たり前でしょ!』
当たり前なんだ。確かにその通りだけど。
ますます笑みが溢れて、口がムズムズする。
『寂しくないとか言ったら、本気で怒るから!』
「本気で怒るんスか?」
『だって、俺とお前は同じ気持ちじゃなきゃダメなんだよ!』
「そーなんスか?」
『そーだよっ!! なんなのお前、さっきからちょっと生意気なんじゃない?』
「だって、及川さんが可愛いから……」
俺と及川さんの気持ちは一緒だ。
彼が旅立つ前も、二人でそう確かめ合った。
心と心は繋がってる
及川さんの言う通り、当たり前だ!
いつもからかう方は及川さんで、からかわれる方が俺。
ムカつくけどそれが及川さんだし、年上だから許してやるけど……
でも、俺がからかえばからかうほどムキになる及川さんが堪らなく可愛い。
だから、たまには意地悪で生意気になっても良いだろ?
『可愛いポジションはお前だろ?
及川さんはカッコいーの!!』
「いや、俺にとってあんたは可愛いっスよ!」
『いーや! カッコいいって言え!』
「いやいや、可愛いっス!」
『お前、ますます生意気になったんじゃない?
前は、ここまでじゃなかったよ。
俺が上京してから、何かあったんじゃないの?』
「前からこんなですよ。強いて言うなら離れてる分、あんたの可愛いとことか、もちろんカッコいいとことかも全部感じたいってことですね」
『なっ! な、何突然、飛雄らしくないこと言ってんの……』
あ、今度はテレた
「テレてる及川さんも可愛いっスね」
『うっ、うるさいうるさいうるさーい!
なんなの? 今日の飛雄、ホンット生意気!』
「たまにはこう言う俺も良いもんでしょ?」
『ハァ!?』
「俺と及川さんの気持ちが同じなら、
色んなあんたを感じたいって俺が思ったら、あんたも色んな俺を感じたいんじゃねーんスか?」
『なっ! は、ハァ!? え、なっ……それは……』
ヤッベーー! あの及川さんがしどろもどろになってる!
スゲー焦ってる!!
『おい飛雄! 笑ってんじゃねーぞ!』
「笑ってないですよ。で? どーなんスか?」
『うっ……それは……』
口ごもる彼に、上がっていく口角を戻すことが出来ない。
まさかあの及川さんを、ここまで追い詰めることが出来るなんて思わなかった。
謎な自信が漲る
「及川さん、ちゃんと答えて下さい」
『~~~~ッ、あーもーそうだよっ!
生意気なのはムカつくけど、色んな飛雄を感じたいってのは当たってるよ!』
「それは俺のことが好きだからですか?」
『今日のお前ほんとなんなの……
そうだよ……好きだから色んなお前を知りたい。
好きだから、飛雄の周りの奴らにヤキモチ妬いちゃうし、会えなくて寂しくなっちゃうんだよ……』
今の及川さんはきっと、ものすごく真っ赤な顔をしているんだろうな……
怒ったり、テレたり、しどろもどろになったり、ヤキモチを妬いたり。
色んな及川さんがいて
素直に気持ちを伝えてくれる。
そんな及川さんが愛おしい……
「及川さん……よしよし……」
『ッ! 飛雄……』
「俺も、及川さんの頭を撫でたくなりました。
この前撫でてもらったの、心がスゲーポカポカして、嬉しかったから……」
そう言うと、及川さんが突然喋らなくなった。
「あの……及川さん?」
『ずっと生意気だったくせに突然デレるから、ビックリしたんだよ』
「デレる?」
『……もっと…』
「え?」
『もっと、撫でてよ……』
可愛いおねだり
ムズムズする……
「はい……よしよし……」
そっと目を閉じて、彼の姿を瞼の奥に浮かべる。
及川さんが俺に触れてくれた時のことを思い浮かべながら、同じように愛おしさを込めて優しく触れる。
俺の心の中の及川さんは、頬を赤くして、嬉しそうに微笑んでいた。
「及川さん、どーっスか? 気持ちいい、ですか?
心がポカポカしてきたでしょ?」
『……ポカポカっていうより、ドキドキする』
「え? ドキドキ、ですか……?」
彼の言葉に、穏やかだった俺の心臓が、一つ脈打った。
『うん。だからもっと、もっとして……』
「え、あ……は、はい……よ、よし、よし……」
彼の声が熱を含んだ気がして、言葉をスムーズに発っせなくなる。
俺の心中の及川さんはさっきまで微笑んでいたはずなのに、今は真剣な熱い眼差しで俺を見詰めてきた。
「あ、あの、及川、さん……」
『飛雄、もっともっと……』
「うっ、あ、はい……よ、しよし……」
彼の甘い声に余計胸が高鳴って、言葉がしどろもどろになった。
『飛雄……』
「あの、え、えーと……その…」
『ぷっ……クククッ……』
「へ?」
『ククッ、ふっ、あは、アハハハハハハッ!』
突然の笑い声に、慌てて閉じていた目を開いた。
「え? なんスか及川さん?」
『や~いっ、焦ってやんのー!
飛雄が生意気だったから、ちょっとからかってやったんだよ。ザマーミロ~』
携帯の向こうでゲラゲラと笑い声が響く。
確かに生意気な態度をとったのは、ちょっとは悪かったかもとは思うけど、でも及川さんだっていつもからかってくるくせに、何も仕返しみたいなことしなくても良いじゃねーか!
「俺は……及川さんに頭撫でてもらってスゲー嬉しかったから、だから及川さんにも同じ気持ちになってほしかっただけなのに……
さっきのは全部嘘だったんスか?
ちょっとも、嬉しくなかったんスか?」
悔しくて、悲しくもなって、声に感情がこもる。
そんな俺に及川さんは少しの沈黙の後、ポソリと呟くように口を開いた。
『…………ドキドキしたってのは本当』
「及川さん……」
『あれーーもうこんな時間だ! そろそろ電話は終わり!
じゃーね飛雄、また明日!』
一気に捲し立てるように言ってから、彼は俺の返事も聞かずに電話を切ってしまった。
なんだ及川さんもドキドキしたんだ……
あんなにテレて、やっぱり可愛いのは及川さんの方じゃねーか。
そんなことを考えながら俺は、ムズムズする口をそのままに、携帯をギューっと抱き締めた。
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