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第309話

休日の午前練終了後、俺は家に帰って昼食を食べながら、目の前に座っている母さんに唐突に切り出した。 「母さん、カレーの作り方教えてくれ」 「は?」 俺の突然の頼みに、母さんはポカーンと口を半開きにさせて、何とも言えない間の抜けた声を出した。 「突然何言ってんのあんた?」 確かに今まで料理なんて一度もしたこともない息子が、何言い出すんだって話だよな。 及川さんが旅立つ前に二人で話した、カレーを絶対に作れるようになって、及川さんに食べてもらうって約束。 なかなか練習出来ずにいたけど、今日は部活が午前までだったから丁度良い。 「カレー作れるようになりたいんだ」 「お母さんが作ってあげるから、それでいーじゃない」 「それじゃあ嫌なんだよ」 「どーしてよ? あ、家を出た時に料理出来ないとまずいから?」 「まあ、そんなとこ……」 「及川くんは料理出来ないの?」 突然出てきた名前に、ドキッと身体が揺れる。 母さんの中では俺が家を出たら、及川さんと一緒に暮らすことが決定なんだな。 勿論そうなりたいとは思っているけれど。 及川さんがOKをくれれば…… 「……及川さんは料理スゲー上手いよ」 「じゃあ、飛雄が料理出来なくても別に良いじゃない。 怖いのよね……飛雄に包丁持たせるの…… あなたバレー以外、何にも出来ないから」 「うっ! で、でも、どおしても作れるようになりたいんだよ!」 「へぇ~~なるほどね~」 俺が声を大にして言うと、何故か母さんがニヤリと口角を上げた。 なんかろくでもないことを言い出しそうな気がする。 「……何がなるほどなんだよ?」 「及川くんに食べてもらいたいんでしょ」 「ッッ!」 何で分かったんだ!? 日向といい月島といい、更に母さんまで、何でコイツら俺の心が読めるんだ!? 「やだぁ~~もぉ~~ラブラブね~~」 「まだそうだとは言ってねーだろ!!」 「え、違うの~?」 「うぬっ! ぬ……ちが、ちが…… 違わねー…………」 ニヤニヤ含み笑いする母さんに顔を覗き込まれ、俺は嘘がつけなくなって項垂れた。 そんな俺を見て、母さんは一人で喜んで浮かれている。 「やっぱりラブラブなんじゃな~~い♡ ウフフ~良いわねー青春って!」 「うるせーボゲェ……」 「お母さんにボケなんて言わないの! 仕方ないわねー……飛雄は男の子だし別に料理出来なくても良いかなと思って教えてこなかったけど、そー言うことなら教えるしかないわね」 母さんは一つため息を吐いてから、台所の方へと向かった。 「さっ、サンキュー母さん!」 俺はその後を慌てて追い掛けた。 だけど、俺には料理の素質なんてものは備わっていなかったらしく…… 「あっ、あー飛雄っ! そんな風にしたら危ないわよ!」 「うぬ? うぬぬっ!」 「なんでそんな風にするの? さっき切り方教えたでしょ! 同じようにすれば良いのっ!!」 「やっ、やってんだろ!」 「キャー危ない! 危ないわよ飛雄! 手切っちゃう!!」 「うるせー!」 「あー焦げてるっ! ちゃんとかき混ぜなさいって言ったでしょ!?」 「混ぜてたって!」 「ちゃんとしてたら、こんなに焦げるわけないでしょ!」 「混ぜてたって言ってんだろボゲェ!」 「なんでそんなにカレールー入れるの? なんで分量通りに入れられないの!?」 「いっぱい入れた方が旨いだろ?」 「バカねー濃いいだけでしょ?」 「うぬ……」 母さんに始終ずっと怒鳴られ続け、怒りと疲労で最後には二人ともグッタリとしていた。 俺が作ったカレーは、確かにカレーの匂いもしてるけど、ものすごい焦げ臭くてドロドロしていて、今まで見たことのない色をしていた。 自分で作ったのに、お世辞にも旨そうとは思えなかった…… 「……あのさ、母さん……どのみち食えられるもんじゃねーけど、俺が作ったカレーは、その……」 「分かってるわよ……一番最初に食べてほしいのは、及川くんなんでしょ? じゃあこれからも、もっともっと練習しないとね」 俺は顔が熱くなるのを感じながら、無言で頷いた。 母さんは小さく笑ってから、酷い有り様のシンクを片付け始めた。 「もーーお母さんこんなに疲れてるのに、今度は夕飯作りもしないといけないじゃない。まったくもーー」 「ゴメン……」 文句を言いながらも、母さんの口角は上がっていた。 ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―ー―― 次の日の昼休憩 「え……? 何この臭い? クッサッ! すごい臭いんだけどっ!」 「あっ! オイっ影山、なんだよそれ!? カレーかぁ? なんか黒い物がいっぱい浮いてるけど……黒胡椒?」 「そんな食べ物今まで見たことねー!」 「皆ー犯人は影山だぁーーーーっっ!!」 母さんには食べるな、絶対持って行くなと言われたけど、それでも自分で初めて作った物だし、ちゃんと食っておきたかった。 それにまぁ、コゲが浮いてはいるけど、カレーはカレーだし…… 母さんの反対を押し切ってタッパーにカレーを入れて持ってきたけど、案の定クラスメート達が騒ぎ出した。 教室なんかで開けるんじゃなかった。 「影山、それ食べるのか?」 「止めといた方が良いよ……」 「……うるせーなぁ……」 一気にクラスメート達に囲まれて、四方八方から心配顔でジロジロ見られたら…… 「飯が食えねーだろーがボゲェ!!」 「いやだから、食わねー方が良いって……」 「うっせぇボゲェッ!」 「かっ、影山くん!」 「影山っ!?」 俺は荒々しく立ち上がりタッパーを持って、クラスメート達を掻き分けて教室の外へ飛び出した。 校内ではこの臭いで他の生徒達がまた群がって来たら面倒臭いから、外に出ることにした。 でも、何処もかしこも生徒が居るのが当たり前。 人が食ってるもんなんか、皆放っておけば良いのに……何故群がってくるんだ? なんてため息を吐きながら歩いていると、グラウンドの方からやけに騒がしい黄色い声が響いてきた。 「キャーーーー至くーん頑張ってぇー♡」 「至くーーん♡カッコい~~」 「そこそこ~~黛せんぱーい♡」 沢山の女子達がグラウンドに集まって、キャーキャー騒いでいる。 黛先輩って言ってるな。先輩が居るのか……気まずいな…… そう思いながらグラウンドの真ん中の方に目をやると、数人の男子達がサッカーをしているようだった。 この中にはやっぱり黛先輩がいて、それを女子達が応援しているみたいだった。 黛先輩、相変わらずモテるみたいだな。 「バレねーようにしねーと……」 コソコソとグラウンドから離れて、中庭へと足を運ぶ。 グラウンドに人が集まっているお陰で、中庭にはほとんど人がいなかった。 今度は安堵のため息を吐いて、空いていたベンチに腰掛けた。 「ここでなら臭いとか気にならねーよな?」 やっと飯が食える…… タッパーを開けて、一緒に持って来たスプーンを取り出していると…… 「うわっ! なんだそれっ!?」 ヤベッ! ここでもこの臭いに誰かが引き寄せられたか!? 後ろから掛けられた強声に慌てて振り返ると、そこには会いたくなかった人物黛先輩が、顔を引きつらせて立っていた。

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