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第310話

サッカーしてたはずの先輩が、何故ここに居るんだ? 見つからないようにコッソリと逃げて来たはずなのに…… ヤベー、気まずすぎる 黛先輩から顔を逸らし目を泳がせていたが、先輩はあの日のことを気にしていないのか、平然とした顔で隣に座ってきた。 彼も気まずいはずなのに、もう話し掛けて来ないと思っていたのに ……どうして…… 「それカレーか? なんか黒いもんいっぱい浮いてるけど」 「…………」 平気で隣に座ってくんなよ しかも何、何事もなかったかの様に、普通に会話しようとしてんだよ…… こっちは気まずすぎて、何を喋ったら良いか分かんねーでいるのに…… 何も言わない俺に、黛先輩も気まずくなったのか小さく苦笑していた。 「もしかして影山が作ったのか?」 「……ッス……」 先輩のそんな質問に、俺は何を言ったら良いか分からず、取り敢えず短く返事をしておいた。 普通に話し掛けたりして来て、もしかしてあの日のことを無かったことにしようとしているのか? 俺はこんなにもモヤモヤしてるというのに。 それでも……俺も無かったことにした方が良いのだろうか? その方がお互いに、気が楽になるだろうか? 「スゲーじゃん! 影山料理するんだな! 俺なんて全然料理なんかしようとも思わねーし。ほんとスゲーよ!」 無邪気に笑って、人のこと褒めまくってくる黛先輩を見ていたら、モヤモヤしてたことがバカらしく思えてきた。 「この感じだと、初めて作ったっぽいな。 なんで料理しようと思ったんだ? 料理って女がするもんだろ?」 まあ、先輩は料理出来なくても、女子が作ってくれそーだから別に良いだろうけど。 それだと、及川さんも一緒か…… でもきっと 「カレー……絶対に作れるようになりたいんで……」 及川さんも同じ気持ちだ 及川さんに食べてほしい 俺の作った物で、美味しいって言って笑ってほしい 喜んでほしい とびっきりの可愛い笑顔が見たい…… 勝手に上がってしまう口角を下げることなんか出来るわけなくて、唇がムズムズと動いてしまう。 「そっか……」 黛先輩が小さく呟いて、ニヤけていることに気付かれたか心配になり、恐る恐るバレないように隣を窺い見る。 先輩は何故か俯いて、眉を下げて悲しそうな表情をしているように見えた。 「……黛先輩? あの、俺何か変なこと言いましたか?」 「あ……いや……あのさ……」 歯切れの悪い返事に首を傾げていると、黛先輩がググッと拳に力を入れていることに気付いた。 「黛、先輩……」 心配になって名前呼ぶと、彼は突然激しく首を振ってから勢い良く顔を上げた。 「俺、そのカレー食ってみたいな。一口ちょうだい!」 「えっ!? このカレーを……?」 明らかに失敗していて、不味そうで、人間の食べ物にすら見えないこの物体を食いたいだと?? 「何言ってんスか先輩? こんな物食いたいだなんて……頭おかしーんじゃねースか?」 「おかしくねーよ……」 「腹壊しますよ」 「例えそうだったとしても、それで良いんだ。だって影山が作ったんだろ? 食いたいに決まってる」 決まってるんだ…… 真剣な射抜くような眼差しで見つめられ、逸らせなくなって、強く思った。 あぁ……黛先輩は、本気で俺のこと好きなんだな…… でも…… 「すんません。あげられません」 「どーしても食べたいんだ」 「無理です」 「最後のお願いだから」 「最後の?」 「だから頼むっ!」 最後って、これからもう俺には話し掛けて来ない、近付かないってことか? それならこの気まずさからも解放されて助かるけど せっかく仲良くなれたのに、これでもう話さないなんて悲しい それでも、ダメなんだ…… 「すんません…… 食べてほしい人は、あなたじゃない」 深々と頭を下げた黛先輩に 彼の気持ちに応えるように、はっきりと真っ直ぐに告げる。 冷酷な言葉だったかもしれない。 そんな俺を見て先輩は一瞬俯いて、もう一度拳を強く握ってから、肩の力を抜く様に長く息を吐いた。 「そっか……そーだよな。 食べてほしい人は俺じゃない、及川だよな…… 分かってたよそんなこと」 少し声震えてる? やっぱり料理を始めたのは及川さんのためだって、気付かれてた。 何故か及川さんに関わることは全て、皆に気付かれるんだ…… さっきも、及川さんのこと考えてたら、先輩の様子がおかしくなって その時に気付かれたんだろうな 「俺……最初から及川には敵わない。 そんなこと分かっていたはずなのに、それでも今傍にいるのは及川じゃなくて俺なんだって、勝手に勝った気になってた…… やっぱり敵わないよなぁー……だってお前らスゲー想い合ってたもんなー ずっと見てたから分かるよ」 想い合っている……他人に言われたらスゲー気恥ずかしいけど、でも俺達は誰から見ても想い合ってるって分かってしまうほどお似合いなんだ。 「お前のその口ムズムズさせてるのも、スゲー可愛くて好きだったよ」 「……えっ?」 俺はまた無意識に口をムズムズと動かしてしまったのか? 顔が熱くなるのを感じながら、慌てて口を押さえる。 「俺さ……話したこともなかったくせに、バカみたいに恋してた。 だから、話が出来たあの日、死ぬほど嬉しくて。 今までと同じ学校なはずなのに、なんかスゲーキラキラして見えて、毎日通うのが、影山に会えるのが楽しみになってて……」 「……黛先輩……」 先輩は切なそうに目を伏せていたけど、俺が名前を呼ぶと、小さな笑みを見せた。 だけど、まだ悲しみを含んだ笑顔だった。 「名前も覚えてもらえて、スゲー嬉しかった。 せっかくこうして話せるようになれたのに、これでもう話せなくなるのは辛すぎて、耐えられる自信がないよ」 「俺も、同じように思ってました」 「ほ、本当に……?」 俺の言葉に黛先輩が勢い良く顔を上げて、こちらを見詰めてくる。 その瞳は潤んでいて、一雫涙が零れ落ちた。 「なっ、何も泣かなくても……」 「ゴメン……だって、影山も俺と話さなくなるの辛いって思ってくれたんだろ?」 「辛いと言うか、せっかく仲良くなれたのに、これで話さなくなるのは寂しいって思っただけです……」 「そっか……ありがとう。物凄く嬉しいよ!」 さっきまで悲しそうな表情をしていたのに、今は泣きながらも本当に嬉しそうに微笑む先輩に胸が痛む。 気持ちには応えられないのに、期待させるようなこと言って……俺はなんて酷い奴なんだって自分でも思う。 それでも、寂しいと思ったのも事実で…… 俺にはなかなか友達が出来なくて、今は日向や月島が居てくれるけど。 こうやって普通に笑顔で話し掛けてくれる人、友達をずっと欲していたから、失うのが嫌なんだと思う。 でも、やっぱり気持ちには応えられないから…… そんな罪悪感を抱き、黛先輩から目を逸らそうとした瞬間、突然先輩が抱き締めてきた。 「っっ!? なっ、何してんスか!? 離してください!!」 先輩の胸を押して必死に離れようとしたけど、それよりも強い力で抱き締められる。 「止めてくださいっ!」 「ゴメンっ! 本当に及川には敵わないって思ってるし、影山を困らせたくないから諦めないといけないって理解はしてるんだ! お前らのこと応援したいって思ってる!!」 「だったら!」 「諦める、応援も勿論するけど、今だけはこうして抱き締めさせてほしい……」 「……何言ってんだよ……」 「ゴメンな……影山……もう少しこのままで……」 本当は抵抗しないといけないのに、涙を流しながら俺に抱き付く先輩を見ていたら、どうして良いか分からなかった。 それでも今は、諦める、応援すると言った先輩の言葉を信じるしか他に選択肢が思い浮かばなかった。

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