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第318話

月島、本当に変わった…… あんなに意地悪で、口を開けば嫌味ばっか言ってた月島が “僕が守る” こんなこと、言ってくれるなんて…… 今も頼もしく肩を抱いてくれて 優しく心強く、俺と日向を守ってくれている。 及川さんが旅立ったあの日から少しずつ、でも確実に月島は変わったんだ。 どうして? それは、きっと──── 嬉しくて涙を流した俺に、月島が笑いかける。 そして口角を上げたまま、強い瞳で黛先輩を見詰めて口開く。 その浮かべた表情は、不適な笑み。 「及川さんとあの日、約束したから。 影山は絶対に僕が、僕達が守るって!」 「そーだぞ! 俺達が傍にいる!」 涙を手の甲で乱暴に拭って、日向が俺の手を勢い良くギュッと強く握って頷いた。 そんな日向に、月島が優しい表情で口角を上げた。 それまで黙って俺達を見ていた先輩は、まだ悲しそうに顔を歪めていたけど、それでも怒りを滲ませた表情をしていた。 「そうやって、綺麗に話をまとめようとしてるけど…… でも、影山を傷つけたのは、及川じゃないか」 「ちっ、違っ!」 「何も違わねーだろ!!」 及川さんにはきっと何か理由があるに決まってる筈なのに、先輩はまたそうやって彼を責めようとする。 俺はそれを必死に否定し、何度も首を振ったけど、先輩はそんな俺をまた一喝して真実をねじ曲げようとしてくる。 俺は、及川さんを信じているのに…… 先輩の強声に、心が勝手に揺らぎそうになってしまう。 情けない……どうして俺は及川さんのことになると、こんなにも弱いんだ…… 「……及川さんがいつ影山を傷付けたと言うんですか? 及川さんは、いつも影山の心の中にいて、いつも影山を守って支えてくれているんです」 「つ、月島……」 弱気になっていた俺に、月島の言葉は光を与えてくれて、大切なことを思い出させてくれる。 だけど先輩は、そんな月島をバカにしたように鼻で笑った。 「心の中にいるとか、何言ってんだお前? 頭わいてんじゃねーか? 全然連絡も寄越さず、影山を不安にさせて泣かせてる奴が、守って支えられるわけねーだろ! 綺麗事言ってんじゃねぇ!! 俺だったら影山を泣かせないし、いつも傍にいる。 お前の言葉通り守って、支えてみせる! だから……だから、俺を選べよ影山! 絶対に幸せにしてやるから!!」 狂おしそうに歪まされた表情で、また俺の方へと手を差し伸べてくる先輩に、俺は首を振った。 「先輩の言う通り、及川さんから全然連絡なくて……不安で、泣いてしまったことは認めます……」 「そーだろ? 寂しかったよな? 不安だったよな? でも、俺はそんな気持ちには絶対にさせないから! だからっ!」 「それでも、ちょっと連絡がなかったぐらいで、俺達が過ごした今までの時間、信頼関係、絆とか……及川さんからもらった愛情とかは、全部俺の中にあって、消えたりしねーから……」 「それでもっ、及川の中にはもう、影山なんていねーよっ!! 及川は東京で影山のことなんか忘れて、女作って、楽しくやってるって!」 「適当なこと言うなっ!」 俺が言おうとした言葉を、月島が声を張り上げて言ってくれた。 そして…… 「ごちゃごちゃうるさい! それは勝手なあなたの妄想です! 及川さんは絶対影山を忘れてないし、浮気なんかしてません!」 「ハッ……そんな根拠もないことを堂々とよく言えるな……」 鼻で笑った先輩に、バカにされた筈なのに、月島はニヤリと笑った。 ……この会話、似たようなことを俺は月島と、そして日向と話したことがある。 「……ちゃんと及川さんに聞いてみないと分からないでしょ!」 その月島の台詞に、日向が思い出したように、嬉しそうに笑った。 「なんだよそれ! その言葉、俺が影山と月島に言ったそのまんまじゃん! 真似すんなよ月島ぁ!」 「日向もよく覚えてるね。でもまんまじゃないでしょ? ちょっとだけ、変えてしゃべったつもりだよ」 「ほぼ一緒だろ!」 楽しそうに会話する二人に、先輩は不思議そうに首を傾げた。 そんな先輩に、俺はニヤリと口角を上げた。 「何? なんのことだよ?」 「前に似たようなことがあったんです。 ……及川さんが浮気みたいなことして、俺達別れる一歩手前までいきそうになったんですけど。 でもその時に日向が、及川さんは絶対に浮気はしていないって、直接聞いてみないと分からないって言ってくれたんです。 その時に月島が、根拠もないことを堂々とよく言えるよなって言ってて……」 「すんごい嫌ですけど、あの時の僕と黛先輩……似てるんです……」 月島は呟くように、染々と微笑んだ。 先輩は一瞬ギクッと体を揺らして、口を歪めたけど、今度は眉を下げて長いため息を吐いた。 「まぁ、そうだろうな……だって、お前も影山のこと好きだったんだろ?」 「あなたと一緒って嫌ですけど……」 「おいっ!」 「でも、やっぱりすごいムカつくほど似てる…… 僕も沢山影山のこと傷つけたから……」 「いや、その、月島!」 月島が申し訳なさそうに眉を下げたのが見えて、俺は慌てて首を振った。 確かに、そんなこともあったけど、でも今は俺達友達で、 月島が友達になってくれて、傍にいてくれて良かったって、嬉しいって本気で思ってる! そう伝えようとしたけど、その次の時にはもう、月島が柔らかい微笑みを俺に、 そして日向に向けた。 「沢山影山のこと傷つけて、酷いこといっぱいしてしまった、どうしようもない僕だったけど…… 日向が……日向が僕を救ってくれたんです。 好きだから相手の一番を考える。 好きな人を泣かせるなって…… やっぱり好きな人には笑っててほしい。 一番幸せであってほしいっていつも願ってる……って 日向がそう言ってて、あぁ……僕もそうだなって、そう言う気持ちが大切なんだなって思ったんです。 先輩も、そう思ってるんでしょ?」 「…………」 「あの時……日向の言う通り、及川さんは浮気してなくて、それどころかすごい影山のこと大事に想ってて。 ちゃんと話さないと分からないことっていっぱいある。 自分のことばっかでいっぱいいっぱいだった僕に、皆が教えてくれた。 及川さんも影山のこと一番に考えてて、一番幸せになってほしいって願ってること…… そんな及川さんを僕は信じたい」 あぁ……あの時、四人で話したあの瞬間が蘇る 俺達は、あの時沢山涙を流し、自分達の本音をぶつけ合った。 好きな人の幸せを願って 俺達は友達になれた…… 「あの時……日向が僕を救ってくれた。 だから、次は僕が、僕と同じあなたを救いたい…… なんてカッコいいこと僕には難しいって分かってるけど、それでも今僕の隣には、ムカつくけどさ、カッコいい日向がいるから……」 「おいおい、ムカつくってなんだよ!」 日向に肘で小突かれた月島は、痛がりながらも不適に笑って口を開いた。 「黛先輩……あなたの気持ちは僕が一番よく分かってます。 ワガママになる気持ちも、突き進んで掴み取りたいって気持ちも分かる。 でも、そうやってもがいて、前を見ないままだったら、大切なことも全部、分からなくなることもあるんですよ。 本気で影山のこと好きなら、自分のことばっかじゃなくて、影山の気持ちともちゃんと向き合わなくちゃいけないんですよ……」 静かな、穏やかな声でそう言って、月島はゆっくりと先輩に近付き、真っ直ぐ見詰めた。 「僕は……好きな人の一番の笑顔が見たい。 一番の幸せを願ってる 先輩は?」 「……俺だって、そうだった。 影山のこと本気で欲しいって思ったよ。 でもだからって、影山の泣き顔なんか見たくないに決まってる。 やっぱり幸せな方が良い…… 影山の幸せが一番だって、思ったよ…… だって、影山のこと本気で…… 好きだから」

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