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第323話
及川さんの所まで案内してくれると言った男性は、始終ずっとご機嫌で、口から先に生まれたのではないかと思うほどよく話し掛けてくる。
「とびおちゃんはさ~~」
「あの……ずっと気になってたんスけど、そのとびおちゃんって呼び方やめてほしいんスけど……」
「え? でも及川がとびおちゃんって呼んでたよ?
俺だってとびおちゃんって呼びたいよーー!」
「いや、及川さんだから……その……」
「及川にだけ呼ばれたいって感じ?
及川にだけ許すんだ?
あーあーいーなぁー及川は愛されてて!
ずるいなぁーー!!」
「そっ、そー言う言い方しないで下さい!!」
だって及川さんは俺の恋人だから、特別に決まってる。
こんな初対面の人に、狡いとか言われても困る。
「あの俺、影山っていいます!」
「へぇ~~そーなんだぁ~」
「だから影山って呼んでください!」
「ヤダッ!」
「えっ!? なんでっスか?」
「俺はね~たつきって言うんだ~!
皆からはたっちゅんって呼ばれてるよ~
とびおちゃんはたつきさんでもたっちゃんでも、もちろんたっちゅんでも良いし、好きに呼んでね~」
「あの、たつきって名字ですか?」
「アハハッ名前だよ~」
「名字はなんて言うんスか?」
「ヒ、ミ、ツぅ~~♪」
「ちゃんと教えてください!!」
「及川のことは及川さんって呼んでるんだよね?」
「……そーっスけど……それが何か?」
「じゃあたつきさんって呼んでほしいなぁー♡」
「えっ!? 嫌っス!!」
「なんかたつきさんって呼ばれたら、及川に勝ったような、そんな気がするじゃん?
だから、そう呼んでほしいんだ!」
なんだよそれ……そう呼んだら及川さんが負けるってことか?
そんなの絶対に許さねー!
なんとしてでも名字を聞き出してやる!
そう意気込んでいると、さっきまでヘラヘラ笑っていたのに突然、優しい目になってこちらを見つめてきた。
「なっ、なんスか……?」
「やっぱりダメかぁ~~呼んでほしかったんだけどなぁ~
二人が余りにもラブラブなもんだからさぁー、なんか羨ましくなっちゃってねぇ。
とびおちゃんってもうマジで可愛くて、もうホントすんごい好みだったんだよね。
だから、あわよくば及川から奪えたらなぁ~とか思っちゃったり?
なんてね〜〜冗談じょ……」
「それは無理っスよ」
彼の言葉を態と遮った。
奪うなんてそんなの無理すぎて、笑えてくる。
「あなたの言う通り、及川さんと俺はラブラブなんで」
「アハハッ、分かってるよそんなこと。
及川から奪うなんて、そんなこと絶対に出来ないよ。
及川はね、とびおちゃんのことが本当に大、大、大大大、だぁーーい好きなんだよ!」
「大好き……」
「うんっ!
いっつも楽しそうにとびおちゃんの話をしてくるんだよ。
写真を見てる時は、すごぉい愛おしそうな目で見ててね……
こんなに大好きなのに及川は東京に来て、とびおちゃんになかなか会えなくて寂しいねって言ったら、とびおちゃんが後ろを追い掛けて来てくれるから、寂しくないって。
追い付かれないように、負けないようにもっと前へ進むんだって!
そしたらとびおちゃんも、もっともっと追い掛けてきてくれるから大丈夫なんだって!」
「及川さん……」
「それで、今日とびおちゃんとも話してみて、よぉーく分かった!
とびおちゃんも及川のこと本気で大好きなんだなって!」
そう言って彼はニッコリと笑った。
そうだよ
俺は及川さんが大好きだ。
それはもうずっと前から、彼と付き合う前からのことで
俺にとっての、当たり前のことなんだ。
本気なんだよ
そして、及川さんも東京に行っても、ずっと俺のことを想ってくれていた。
いつも友達に話してくれて、写真も毎日見てくれてた。
それは気恥ずかしくて、でもスゲー嬉しくて
及川さんも俺のことが大好きなんだ
そうだと思いたい。信じてる
なのに、どうして……
「二人がラブラブで、本当に良かった……
とびおちゃんが来てくれて、及川に会いに来てくれて、本当に、ほんっとうに良かった!!」
「あ……はい……」
この人は、ちょっと変な人だと思っていたけど、突然優しい顔をしたり、
今度は真剣な顔をして真っ直ぐこちらを見つめてくる。
変で、不思議な人……
何故そんな真剣な表情でこっちを見るんだ?
「……及川、本当に大変だったからさ……
とびおちゃんは、どう思ってるんだろうって、すごい心配した……」
「え?」
「でも、とびおちゃんが及川に会いに来てくれて、俺、すごくすごーく嬉しいっ!!
良かった! 俺達初めて会ったけどさ、やっぱりとびおちゃんはそーゆー子だと思ってた!
良かった! 嬉しい! 来てくれてありがとうねとびおちゃんっっ!!」
「え? あの、大変って……?」
「ほらっ! この先だよ!
及川が待ってる、早く行こっ!!」
そう嬉しそうに大きな声を出して、俺の手を引っ張ってくる。
この人が何を言っているのか、意味が分からない。
俺が及川さんに会いに来たのを、どうしてそんなに喜ぶのかも。
一体何なんだ?
及川さんに会うのが怖くなってきた。
それでも彼は、グイグイと俺の手を引っ張って全力疾走する。
そして
「あっ、いたっ! おーーーーいっ、及川ぁーーーーっ!!」
俺の手を引っ張りながらそう叫び、もう片方の手を激しく振っている。
及川さん……会いたかった、ずっと
もう、近くに、すぐ側に
及川さんがいる
その愛しい姿をこの瞳にしっかりと
「及川、さん……っ」
俺の前方に愛しい、ずっとずっと会いたかった、彼がいる
本当に会いたかった
だけど
そこにいるのは、及川さんだけではなかった……
彼の隣には、一人の女の人が立っていた
誰だ? その人……
黛先輩が言っていたあの言葉が、頭中に蘇ってきた。
“及川はお前を捨てて、今頃あっちで女でも作って楽しくやってるよ”
嘘……だろ? 及川さん……
でも
それよりも
気になることがある
それは、
今まで俺の知っている及川さんとは、大きく違うところがあった……
え……?
何だそれ……
「及川さん……?」
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