326 / 345
第325話
私のせいってどういう意味なのだろうか?
それに違うって何が?
擦っても拭っても止まらない涙を、それでも乱暴にまた拭って女の人を見上げる。
彼女は顔を真っ赤にさせて、大粒の涙を溢し始めた。
「及川くんは、絶対とびおちゃんのこと忘れてなんかないっ!!」
「……え? でも、及川さんは……」
「だって……今日もとびおちゃんの写真見てたもん!!
何回も、何回も……」
及川さんが俺の写真を見てくれてた……?
しかもそれは過去の話じゃなくて、今日?
胸がグッと熱くなるのを感じた。
だけど、彼の冷たい言葉達が、その熱を一気に凍えさせる。
「じゃあ、どうして及川さんは、俺のこと知らないなんて言ったんスか!?」
「きっと変わってしまった自分を……見られたくなかったんだよ……」
「変わった、自分……?」
そう呟くと、みのっちと呼ばれた男の人が俺の肩にポンっと手を乗せた。
振り向くと彼も目を潤ませて、鼻を赤くさせていた。
どうして、皆泣いてんだよ……
「及川の気持ちは100パー全部は分かんないけどさ、あいつはもっと深く色んなこと考えてんのかもしれないけど。
でも俺だったらさ好きな人にはやっぱ、弱いとことか、カッコ悪い部分を隠して、カッコいい部分だけを見てほしいから……
でもだからって、さっきのあいつは完全にカッコ悪かったけどな!
突然俺がとびおちゃんを連れてったから、混乱してあんなサイテーなこと言っちゃったのかも……
俺も悪かったって反省してる……」
おちゃらけて笑ってばっかの人かと思っていたら、拳を握って悲しそうに瞳を揺らしていて。
彼は本当に及川さんを心配してるんだって、物凄く伝わってきた。
及川さんが東京に行ってまだ1年も経ってないけど、こんなにも及川さんのことを想って考えてくれる友達がもう出来たんだな……
やっぱり及川さんはスゲー人だ
そんな温かさに触れたら完全には乾いてないけど、涙から少し笑顔が溢れた。
俺はゆっくりと立ち上がって、彼に笑みを向ける。
「みのっちさんって変な人だと思ってたんスけど、実は優しくて友達思いな人でもあるんスね……」
「ちょっとぉぉぉーーーーっ!
変な人って、ヒドイよとびおちゃんっ!
それにみのっちって呼ばれるの好きじゃないんだよね!
及川にもやめてって言ってるのに……
たつきさんって呼んでって言ったじゃん!」
「嫌って言いました! 名字をちゃんと教えて下さい!」
ギロッと彼を睨むと、慌てたように女の人が間に入ってきた。
「この人三野村って言うの!
みの虫みたいって言われたことがあるから、名字知られるの嫌なんだって」
「みの虫……」
「ちょっと爽香ちゃんなんで教えるの!?
とびおちゃんには絶対にたつきさんって呼んでほしかったのに!!」
そっか……この人三野村って言うんだ……
やっと名字知れた。
「あの……あなたの名前も聞いて良いっスか?」
女の人に聞くと、彼女はまだ少し目尻に残ったままだった涙をサッと拭って、綺麗な笑顔を見せてくれた。
「私、木園爽香です!
私ね、私……とびおちゃんにずっと会いたかったんだ!
だから会えて、すごい嬉しい!!」
木園さんは本当に嬉しそうに笑って、俺の手をギュッと握ってくる。
確か三野村さんもそう言ってたな……
及川さんが俺の話を皆にしたから……
だからってそんなに会いたくなるか?
及川さんはどんな風に皆に、俺の話をしていたんだろう?
いや、その前に……
「俺は、影山飛雄って言います……
だから、影山って呼んでほしいんスけど」
「えっ? とびおちゃんじゃ、ダメ?
とびおちゃんって呼びたいな……」
「どうして?」
「だって及川くんが、とびおちゃんってあまりにも愛おしそうに呼んでたから……
頭から離れなくて。私もなんだかそう呼びたくなるんだよね……」
あの人、皆の前でそんなに愛おしそうに俺の名前呼んでたのかよ!?
恥ずかしすぎる……
「でも……及川くんがとびおちゃんをあんなに想って、大好きになる気持ち……
なんか分かっちゃった……」
「え?」
「俺も……」
「ええっ!? どっ、どうして……?」
そんなこと言われたら、なんかスゲー緊張するじゃねーか!
「さっきの及川くんととびおちゃんの会話を聞いてたらね、とびおちゃんがすごい及川くんのこと大切に想ってて、大好きなんだなってひしひしと伝わってきたの」
「…あ……」
真っ赤になった二人に、自分がどれだけ恥ずかしいことを口走っていたのかを思い知らされた。
「あ、あの……さっきのことは、全部忘れて下さい……」
「忘れられるわけねーよ!!」
「えっ!? いや、忘れて下さい!」
「無理だよ! だってとびおちゃん、すんごいカッコ良かったから!!」
「あれがカッコ良いわけねーだろ!」
「いやカッコ良かったよ!
どんなに瓜二つでも、恋人と別人を間違えないとか、本当に絆が深くないと言えないことだよ!
それに……あの、及川に愛してるって言った時のとびおちゃん、本当にカッコ良かった!
自分に言われたんじゃないって分かってるのに、なんかすごいドキドキしたんだ……」
「うん……こんなに想われてたら、及川くんもとびおちゃんを大好きになって、愛おしく想うに決まってる!」
「いや、もう、本当にやめて下さい……」
恥ずかしすぎて、頭が爆発する……
熱くなっていく顔と身体を隠すために、激しく首を振ってごまかしながら木園さんに目をやると、彼女がまた涙目になっていた。
「木園さん……?」
「だから、こんな大切なこと、及川くんがとびおちゃんに話してないなんて……
言いにくいってことは分かってるけど、でもやっぱり好きならちゃんと言わないといけないって思ったの!!
なんて……私が言うなんて、おかしいことだとは分かってはいるんだけど……
それでも、とびおちゃんの及川くんへの愛の深さを知ったら、黙ってなんかいられないよ!!」
彼女はまた大粒の涙を流しながら、俺の手を強く強く握った。
そんな木園さんの肩を抱きながら、三野村さんが俺を真っ直ぐ見つめる。
「あのさ……絶対に話長くなると思うから……
俺んちすぐ近くだから、そこで話すよ。
俺達が言うのは間違ってることかもしれないけど、でもちゃんととびおちゃんに知ってもらわないと、いけないと思うから……」
そう静かに言った三野村さんが、涙を流す木園さんの手を引きながら歩き出した。
俺は黙って頷き、その後ろに続いた。
ともだちにシェアしよう!