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第326話
及川side
あの日からずっと、この世界は雨が降り続けていた
現実がどうかは、もうそんなの理解することも出来なくなった
凍えて、冷たすぎて
身動きが取れない一人の哀れな人間が、ただそこで項垂れていて、
自分はそれを遠くから、関係ないと他人事のように眺めているだけ
そんな感覚……
分かっている
これは、現実逃避
ため息をついたのと同時に、滲み出て
嗚咽する
夢とか希望とか
そんなキラキラした、輝いて眩しかった物
確かに、自分はそれに手を伸ばしていた
何もかも失ってしまった……
唯一の残された光さえも、
失うのが怖くて
恐れ
目を逸らし
きっと傷付けてしまっただろう
でも、それさえも失ってしまったら
本当の意味で失ったら
自分は壊れてしまう
まだそれがどうかも分からないのに
臆病者は綺麗なまま
そのままの状態で
宝物として、思い出として
胸の奥深くに眠らすことに決めた
怖かった
やはり臆病者だと後で罵れば良い
過去にすれば良い
綺麗なまま忘れて
濁ったものを映さなくて良いよ
そんなもの見たくもないだろ?
幻滅、失望
そうなることは分かっている
ちゃんとハッキリと、伝えれば良いのに
そんな勇気は、今の自分には残されていなかった
大切だから
愛おしかったから
手離したくなかった
最終的にそうなるのに
それでも楽にしてやることから逃げた
輝いてて、美しく、綺麗な姿で
いさせて
映さなくて良い
自然に
忘れて
過去に、思い出にして
臆病者で
卑怯者で
ごめんなさい…………
「うぅ……飛雄……飛雄……うっ、く……」
飛雄を突き放し泣かせたのは自分自身なのに、涙が溢れて止まらなくて。
人気の少ない場所まで、がむしゃらに車椅子を漕ぎ続けた。
掌が痛くなるほど強くハンドリムを握り締め、ひたすら必死に腕を動かす。
「くっ、う……飛雄っ……」
愛しい名前が勝手に、唇から溢れ落ちる。
何度呼んだって、飽きることない
呼ぶ度に愛おしさが強く、激しくなって
頭の中を埋め尽くす。
東京に来てからも、何度も呼んだよ
もう、俺はさ
最低な奴だからさ
俺なんか忘れて
前へ進んで
振り返らないで
さっさと適当なことで嘘をついて、お前と別れていれば良かった
そしたら、こんな姿を見られずにすんだのに……
本当は、お前に忘れられるのが怖くて
別れたくなくて
受け入れてほしいとか
甘いこと考えて
返事を返さないと決めた
なのに、それでも何度も何度も送ってくれた
お前からのメールが嬉しかった
希望だったから
だから、自分でこの関係を終わりにしたくなかった
別れを切り出せなかった……
結局自分の口で、自分を汚し罵って
飛雄を傷付けてしまったけどね……
綺麗なままでいたかったくせにね
「本当に、バカだよなぁー……」
甘い、自分に都合の良いことばっか考えてた。
こうなるって分かっていたのに
もしかしたら、受け入れてもらえるんじゃないかとか
あり得ない
淡い期待を抱いていた
“足……どうかしたんスか……?”
あの時の飛雄の顔が
動揺した表情が
頭の中にずっと今でも、こびり付いている
甘ったれたこと考えてんじゃないよ!
分かってたことじゃん!
あれが普通の反応だって
誰だって、ビックリするに決まってる
なのに、こんなにもショック受けてる自分がいて……
甘いよな……俺……
飛雄……
お前の中の俺を、どうか汚さないで
綺麗な思い出にして
俺も
愛してる
幸せになってね…………
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