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第338話
及川side
先生と話したあの日から、何の気力もわかない。
あれから何日経過したのか、それすらも関心が無くて。
今が夜なのか、朝なのかさえもどうでもいい。
そうなってしまうほど、俺にとってバレーが全てだった……
バレーを失った俺なんかに、価値なんてあるのだろうか?
先生や看護師さん達が話し掛けてくれたりするけど、上手い返事が思い付かず、曖昧な言葉しか返せない。
みのっち達は、あれから毎日のようにお見舞いに来てくれているみたいだ。
もうこれで何日目かは、覚えていないけど。
『きーちゃん怪我してるのに、こんなとこに毎日来て大変でしょ?
みのっちもさ俺のことなんかより、きーちゃんのことを気遣ってあげなよ。
怪我してて大変なんだからさ』
2人が病室に入ってきて、近付いてきた途端、俺は挨拶も無しにそう言った。
2人は相変わらず悲しそうに、眉を下げていた。
『私は大丈夫だよ。
こんな怪我、どおってことないよ!
及川くんの顔見たかったから、会いに来ただけ』
『そーそー俺も俺も!
爽香ちゃんのことは、俺が超完璧サポートしてるから大丈夫だよっ!』
そう明るく言って笑った2人だけど、笑顔がぎこちない。
こんな笑顔2人には全然似合わないし、そうさせているのは俺で……
心配して会いに来てくれるのは、すんごい嬉しい。
でも……2人のそんな顔を見るのが、ものすごく辛い。
自分はこんな状態で、バレーももう出来なくて
頭ん中グチャグチャで、他人に気を遣う余裕もなくて。
こんな苦しいのに、2人の似合わない顔を見ていると、余計に苦しくなってイライラしてくる。
きーちゃんは悪くないのに、きっと責任を感じてお見舞いに来てるんだと思う。
俺の顔が見たいとか言ってるけど、本当はここに来るの気まずいんじゃないの?
出来れば、もう来たくはないけど、あの事故に関わってしまったから
友達だったからさ、行かないとなんか薄情者だとか思われないか心配で
だから、仕方なく来てるんじゃないかなって思った……
なんか俺……心歪んできたな……
何もかも、もう、どうだっていい
2人が傷付くのが嫌だ……なんて思っていたけど、
もう……それさえもどうでもいいよ
『もう来なくていいよ……』
『どーしてそんなことゆーんだよ~
病室に1人でいるの、つまんないでしょ?
本当は来てくれて嬉し~んじゃないのぉ~?』
『全然嬉しくないよ……逆に迷惑……』
その言葉に、一瞬2人の表情が固まった。
だけど、またぎこちない笑顔に戻る。
『え~~? 照れなくてもいーのにぃ~』
『わっ、私達ね、オススメの漫画とか持ってきたんだー!
及川くんも気に入ると良いんだけど。
ねぇ、三野村くん、早く見せてみてよ!』
『うん! 及川見てみろよ~
ちょっとエロいやつも入れてきたんだぁ~』
『ちょっと三野村くん何入れてきてんの! そんなの及川くんに渡さないでよ!!』
『及川だって、エロいの見たいよなぁ~』
なんて冗談言ってるくせに、表情硬いままだよ?
みのっちは持っていたバッグの中から何冊か漫画を取り出し、ベッドの上に置いてきた。
その行動にさえ、苛立ちが募っていく。
『こんな物いらないよ。読む気になれないって分からないの?』
静かにそう言って、態とベッドの下へ払い落とした。
バサバサバサと音を立てながら落ちていく漫画を見ながら、みのっちは信じられない物でも見たかのような表情で、目を見開いて固まっていた。
きーちゃんはとうとう涙目になってしまった。
『あ……そっ、そーだよね……
こんな物見る気に、なれないよね……』
涙を拭いながら、松葉杖で動きづらそうにヨタヨタと漫画を拾おうとしたきーちゃんを見て、みのっちが我に返り慌てて漫画を拾った。
『爽香ちゃん良いよ俺が拾うから!
じゃあ及川、なんか食べたいもんでもある?
あ、食べる気になれないかな?
じゃあさ、必要な物とかあったら、いつでもいーから俺に連絡ちょうだいよ!
飛んで届けに来るからさ!』
漫画を拾いながら俯いたまま明るく言ってるけど、声が震えてるの丸分かり。
あーーもぉーーそれも、何もかもイライラする!!
『2人ともさぁ、ウザいんだよ!!』
感情を止められずベッドを殴って、声を張り上げた。
2人の身体がビクッと震えたのが見えて、怒りが倍増する。
『そんな暗い顔して泣いてさぁ、俺にどーして欲しいの!?
謝って欲しいの?
俺さぁ、こんな状態になって、本当に苦しくて、こっちが泣きたい気分なの!
でも、泣いたって治るもんでもないし、そんな泣いてる自分にも腹が立つんだよ!!』
怒鳴り散らす俺に、2人は黙ったまま俯いてて、それにますます感情が抑えられない。
『同情かなんかで、可哀想とか思って来てるんだろうけど、さっきも言ったように、本当に迷惑だからね!』
その言葉で、さっきまで俯いていたきーちゃんが、勢い良く顔を上げた。
眉を吊り上げ、眉間にシワが寄っている。
本気で怒っているようだ。
こんなきーちゃん見たことない……
『同情とか、そんなこと思ってないよ!!
友達に会いに来たらいけないの!?
友達の顔が見たい、会いたいって思うことって、おかしいことかな!?』
『綺麗事言ってんじゃねーよ!!
本当は来たくもないくせに!
こんな状態になった俺を見るのも辛いんじゃないの?
だから、そんな気まずそうに笑いながら、毎日来るんだろ?
本当は行きたくないけど、行かないのもなんか性格悪いみたいじゃん?
だから、適当に行って笑ってれば、あっちも気が済むと思うし、仕方ないから行っとくかぁ~みたいな?
そう陰で言ってんでしょ?
で、退院したら、私達もう義理果たしたから、もう大丈夫でしょ~?
みたいな?
どうせそれで距離置いて、終わり。
こんな奴とずっと一緒にいたくないだろうし。
それだけの関係で終わるんだよ俺達は!!
それなのに、友達面してんじゃねーよ!!!!』
一気にそう捲し立てて、2人を睨み付ける。
きーちゃんは松葉杖を捨てるように勢い良く、俺に覆い被さるような体勢になって、俺の胸ぐらを掴み上げてきた。
『そんなこと思うわけ無いじゃん!!
あの女子達みたいに最低なこと、私達が陰で言ってると思ってんの!?
心外なんだけど!!
私達は、ずっと友達だよ!
私は本気でそう思ってる!
嘘じゃない。及川くんが疑おうが、迷惑だと思ってても、私達はずっと勝手に友達だって思い続けてるから!!』
『それが綺麗事だって言ってんだよ!!』
俺もきーちゃんの胸ぐらを掴み上げ、鼻先が触れそうなぐらい顔を近付け合って、睨み哮り合う。
そこで突然みのっちがきーちゃんの腰に腕を回して、俺から彼女を引き剥がした。
『ちょっと! 三野村くん離してよ!!
私、まだまだ及川くんに言いたいこと沢山あるんだから!!』
『はいはいハーーイ、そこまでーーーー!!
及川、これ以上やるとセクハラだからねっ!』
『なんでそーなるんだよ!?』
『だって、女の子の胸ぐらを掴んで、キスしちゃうぐらいまで顔近付けてるんだよ?
こりゃもう立派なセクハラだよ』
『なっ……!?』
みのっちの言葉に返す返事が思い付かず、口ごもった。
覆い被さって来たのは、きーちゃんなんだけどな……
『はい、爽香ちゃん松葉杖!
ちゃんと持って、立って』
きーちゃんに松葉杖を渡して、落ち着かせるように背中を撫でるみのっち。
『みのっちだってセクハラじゃない、それ?』
『え″っ!? 背中擦るのもセクハラになんの?』
そう叫んだみのっちを見て、肩で息をしていたきーちゃんが耐えきれなかったように吹き出した。
それにつられて俺も思わず笑ってしまう。
一緒にみのっちも笑い出して、俺達は3人で久しぶりに大笑いした。
『俺ね、2人の笑った顔、大っ好きだよっ!!』
みのっちがニカッと満面の笑みを溢して、それになんだか泣きそうになってきた。
俺……さっきまでイライラしてたのに……なんなの、もう……
『私もっ!』
『及川はぁ?』
弾けるように頷いたきーちゃんを見た後、みのっちが俺に意地悪な笑顔を向けてくる。
俺は、目頭を押さえて、頷いて見せた。
『俺だって……2人のこと大好きだよ……
ゴメンね……あんな酷いこと言って……
本当は今でもずっと、俺も、2人のこと、友達だと心から思ってるよ!』
『ふふ……私も…』
『お~れもっ!!』
耐えきれず涙が零れる。
やっと最高の笑顔が見れた
なんで、こんなに良い奴らなんだよ……
俺ばっか酷い奴じゃん!
『この際だから言っちゃうけどね、本当は笑うの我慢してた。
俺がヘラヘラしてたら、こんな時に何笑ってんだよって怒られそうだし。
1番辛いのは及川なのに、俺がメソメソしてたらムカつくかなとか考えてて。
正直気まずかったよ……お前に会いに行きたいって思ったのは本気。
でも、どんな顔をするのが、及川にとっての1番なのか分からなかった……』
『みのっち……悩ませてゴメンね……』
『でもさっ! これからは俺達、思いっきり笑い合うことが出来るね!
これでストレスフリーになれた!
良かった良かった♪』
『私も、これからは遠慮無く笑ってもい?』
『うん……その方が気が楽になれるから、思いっきり笑っててよ』
『うんっ!』
また弾けるように頷いたきーちゃんに、みのっちと俺はまた笑顔を溢す。
2人に
別れよう 会わないようにしようって伝えたあの日から今日まで
俺はずっと笑えずにいた……
久しぶりの笑顔は、やっぱり気持ちが良かった
一頻り笑い合った後、きーちゃんがおずおずと口を開いた。
『ところで……及川くん……
とびおちゃんには、このことは話したの?』
『っっ!!』
『やっぱりまだ話してないんだね……
話しにくいことだと思うけど、ちゃんととびおちゃんには話した方が良いと思うよ……』
ずっと、飛雄に話さなくちゃって思ってた……
飲み会の後連絡するって約束もしてたし、絶対に心配してるよね……
でも、話す勇気が出せずにいた
先生と話してからずっと、放心状態だったから、話せる余裕もなかったし
だから、スマホの電源を切って、ずっと放置していた……
2人が帰った後、ずっと仕舞っていたスマホに手を伸ばし、電源を入れた────
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