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第339話
及川side
愛する飛雄……
誰よりも先に、事故のこと伝えなくちゃいけないって、本当はきーちゃんに言われる前から分かってた。
〝心と心が繋がっていられるように、俺達の間に秘密事は一切なし〟
あの時俺が言った約束……
指切りまでしたのに、俺は1回その約束を破ってしまっている。
そして、また破ろうとしている……
最低だ
飛雄に隠し事なんてしたくないのに
でも、1番飛雄に知られたくない
バレーを失ってしまった俺に、価値なんてあるのか?
飛雄は、バレーが出来なくなった俺を見ても、きっと傍には居てくれると思う。
それでも、俺達を繋げてくれたバレーを失って、共通点が無くなって、
目標じゃ無くなって……
飛雄の俺を見る目が変わっていく
ただの、そこら辺にいる、普通の人間……
普通の及川徹になってしまった俺を見たら
なんの興味も示さなくなってしまうのではないかと思うと、悔しくて苦しくて、怖くて
涙が止まらなくなる
いや、飛雄はそんな奴じゃない!
確かにバレーは出来なくなってしまったけど、それでも俺達にはこれまでに築き上げてきた絆があるはずだ!
そう簡単に崩れるわけが無い!
分かってる……そう思っているのに……
怖くて仕方がない
飛雄に今の俺を、絶対に見られたくない
周りの奴らがどう思おうと、哀れんだり、蔑んだりされてもどうでも良い。
でも、それでも……飛雄にだけは……
飛雄に、だけは……
震える手でスマホを握り締めた。
電源を入れたスマホのディスプレイに表示された、何件もの電話やメールにライン……
夥しい数の着信に、視界が滲む。
飛雄がどれだけ俺のことを心配してくれているか、この電話やメールの数で、痛いほど分かった。
岩ちゃんやチビちゃんにメガネくんも、沢山ラインや電話してきてくれてる……
皆が俺を心配してくれてる
そのことがものすんごく嬉しくて、余計に涙が溢れてしまう
もう、皆に心配掛けたくない……
でも、それでも
震える手が、悲しみに埋め尽くされた心が
気持ちとは裏腹に、連絡することを拒んでしまう
どうしよう?
どうすればいい?
ねぇ、飛雄……
どうしようもなくお前の声が聞きたい
会いたい、抱き締めたい……
そう思っているのに
会いたくないんだ……っ!
強く自分の頭を殴って、スマホを壊そうとする手を必死に押さえ込んだその時、
スマホがメールを受信した
そのことに、胸が一つ音をたてたのが分かった。
飛雄……
スマホの画面を見るまで分からないけど、きっと、いや絶対飛雄だ……
俺には分かる
お前はまだ、こんな俺を求めてくれるのか……
心配させられて、こんなに沢山連絡しても、ずっと無視されていると言うのに。
普通だったらもう、愛想尽かして連絡するのやめるだろうに
それでもまだお前はこんなにも……
そう思ったら視界が滲んでいくのを止められなくて……
嬉しくて、恋しくて
会いたいと、そう思わずにはいられなかった。
『飛雄……好きだ……』
自然と唇から零れ落ちた言葉
俺も、こんなにもお前を求めてる
でも……
もしかしたら、このメールは、別れ話かもしれない……
それをまた無視したら、飛雄はどう思うのだろうか?
心底呆れて、もう俺の了承も得ずに別れたことにするかもしれない。
俺は、飛雄と別れたくない……
ずっと愛しているし、愛していてほしい
そう願っていても、1番会いたくないと思ってしまう自分がいて
なんて、ワガママな奴なんだろう
それでも……別れた方が、お互いのためかもしれない……
本当は、本気で別れたくない
もう、お前を自由にしてやりたい
だから、意を決して飛雄のメールを開くことにした。
きっと別れ話であろうメールを
嫌な汗が頬を伝って、手が震えた
《今日はやっぱり一日中雨でした。
バレーは室内でやるから関係ないんですけど。
そっちの天気予報は晴れだったみたいですけど、ちゃんと晴れましたか?
それと母さんが、晩飯はカレーって言ってたくせに、帰ったらシチューが出てきました。腹立つ
だってシチューが食べたくなったんだもんとか言われてムカついたけど、明日自分で作ろうと思います。
まだ下手くそだけど、取り敢えずカレーって分かる物を作れるようになれたので。
俺、あんたとの約束通り、カレー作り頑張ってます。
もっと上手く作れるようになったら、及川さんに食べさせてあげますから、楽しみに待ってて下さい》
『…………え? 何、これ?』
別れ話かと思いきや、なんか近況報告みたいなメールで、拍子抜けした。
連絡を返さないことに怒って、文句のメールだという可能性も考えていたけど、まさかこんな内容だとは思わなかった。
まだ宮城にいた頃にしていたメールよりも遙かに長文で、こんな長文も打てるのかって驚いた。
しかも、今日の朝にもメールを送ってきてくれていた。
《ハザッス
今日は朝から雨が降っています。午後からにでも止めばいいですけど。
それと今日の晩飯はカレーだそうです。
及川さんあれからカレー作ってますか?
母さんのカレーも旨いけど、及川さんのカレー久しぶりに食いてーです!》
無視してるのに、1日に2通もメールをくれてたなんて……
俺は慌てて今までの夥しい数のメールを、片っ端から読んでいった。
最初は、いつまで寝てるのかとか、酒飲みすぎるから起きれないんだとか、なんで返事してくれないのかなどの、怒ったような文面だったのに
途中から、
何かあったんですか?
具合悪いんですか? 大学で何かありました? 忙しいんですか?
などの俺を心配している文面に変わり。
そして、
何か怒らすようなことでもしましたか?
謝りますから、連絡下さい
俺にいけないところがあったんですよね?
すんません……
などの、自分を責めるような文面に変わっていって
最近は、
日記みたいな、近況報告のメールが毎日送られてきていた。
俺が、日記みたいなメールでも良いから沢山送ってって言ったから、そうしてくれてるの?
返事を返さない俺を問い詰め続けることもなく、もう諦めて連絡しないという道もあるというのに
それでも飛雄は毎日欠かさずメールを送ってきてくれていた……
『なっ……なんでだよ……飛雄……』
飛雄からの深い愛を強く感じて、涙が止まらなくなった
俺は……どうしようもなく飛雄に会いたい
それでも、会ってお前に失望されたくない
別れた方が、俺のことなんか忘れてくれた方が、気が楽になることも分かってる
だけど
ずっと、お前に……俺のことを考えて、
愛し続けていて欲しいと、更に強く願ってしまった
お前を失ったら、俺は身体だけじゃなく
心も壊れてしまう
だけど会うことも出来ないから
会いたくないから!
だからこのまま、綺麗な俺の姿のまま
自然に、忘れて……
忘れて欲しくないけど……忘れて、笑っててほしい
過去に、思い出になればいい
俺も忘れて、思い出になれるように頑張るから!
〝飛雄……俺達別れよう〟
なんてメールを打てないまま
臆病者で、卑怯者で、
自分勝手で
ごめんね……
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