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第342話
及川side
もう飛雄、宮城に帰ったかな……?
あんな最低な酷いこと言われたんだ、怒って愛想尽かされたかもしれない
これで良かったんだ……
飛雄の言葉、本当に嬉しかった
何ヶ月も連絡を無視されたのに、それでも飛雄は諦めず沢山のメールをくれた。
もっと怒って貶して、俺のこと殴ってくれれば良かったのに。
そうしてくれた方が、気が楽になれたかもしれない。
こんな情けない姿を絶対に、見られたくなかったのに
それでもお前はこんな姿の俺を見ても、愛し求めてくれた。
どうして東京になんか来たんだよ……
それでも、やっぱり嬉しくて
きっと歩けなくなったなんて可哀想だって思われ、こんな奴と一緒にいたら面倒臭いし、自分まで変な目で見られるかもしれないって思うんだろうなって……
勝手に想像して、怖かった
あの女の子達と同じ反応をされて、避けられる
そしたら、俺はショックで立ち直れない。
そう思ったから、飛雄の連絡を無視して、お前に捨てられようとしたのに
それなのに、あんなにも求めてくれるなんて……
飛雄は絶対にそんなこと思うわけない
恋人の俺が1番よく分かってるよ!
あの女の子達なんかと、飛雄を一緒にするなんて最低だ!
分かってるよ……飛雄がどれだけ俺のことを愛してくれていたか
だから、どんな姿になっても、愛し続けてくれるって本当は分かってた……
それでも、飛雄にどうしてもこんな情けない俺を知られたくなかった
見られたくなかった
もう、及川さんは……バレー出来ないんだ
追いつくことも、追い越すことも出来ない
もう一生、同じコートに立つことは叶わない
同じ夢を追い掛けることは、もう出来ないんだ……
そう飛雄に、思われたくなかった
ずっと、目標でいたかった
飛雄に追い掛けてほしかった、ずっと一緒に走り続けていたかった
でももう俺は……
あの頃の、輝いていたあの及川さんは
もう何処にもいない……
きっともうみのっち達に、俺のこと全て何もかも話してもらったよね?
全部知っちゃったよね?
ねぇ、飛雄……
俺はダメな奴だからさ
自分からは別れを告げたくないんだ
こんな自分見られたくなかったくせに、飛雄と別れるなんて絶対に嫌なんだ
こんな、臆病で、卑怯者でごめんね
飛雄……
お願い、もう帰ってて
帰って、俺のことなんか忘れて
別れ話なんてしたら、俺
死んじゃう
だから、自然に終わらせてほしい
そう思ってるのにさ
俺の名前を呼んで、笑顔で駆け寄ってくる飛雄の姿を
この頭が勝手に想像して、期待してしまう
〝飛雄帰らないで!〟
何度も勝手に、俺の心がそう叫んでしまう
「飛雄……傍にいてよ……」
でも、ダメだよね……
もう、頭ん中グチャグチャだ
俺はハンドリムを握り、気持ちをぶつけるかのように車椅子をこいだ
「飛雄……飛雄……トビ、オ……」
俺は何処に行けばいい?
どうすればいい?
全てを失った俺なんか、生きてる意味ある?
もう、何もかもどうでもいい……
そんなこと考えてたから、前なんか見てなかった。
突然車椅子が鈍い音を立てて、大きく傾いた。
「うおっっ!?」
あ……ヤッバッ……前輪が側溝に落輪してしまった。
傾く視界に、青ざめる
いつも気を付けてたのに
車椅子生活になってから、今までこんなこと一度だってなかったのに!
油断してた。とにかく自力で何とか出来ないだろうか?
ハンドリムを強く握り込み、必死に手を動かして脱出を試みる。
だけど、いくら頑張って手を動かしても、鈍い音が鳴るだけで全然抜け出すことなんか出来なかった。
それどころか、さっきよりも更に溝に嵌まり込んで、余計に傾いてしまう。
そうなることは、分かっていたことだけれども
しくじった……完全に詰んだわ……
立ち上がれない俺は、こんなにも無力なんだね。
今更だけど、もっとリハビリ頑張れば良かったな……
誰かに助けてもらわないと、これは完全に無理だ。
助けを求める為に、辺りを見渡す。
数人俺の横を通り過ぎていったけど、誰も俺のことなんか見向きもせず立ち去って行く。
ちょっと前まで、俺の周りには沢山の人々が、求めなくたって集まって来ていた。
騒がしくて、邪魔なくらい。
飛雄に恋をして、お前を傷付けてしまうまでは、チヤホヤされて天狗になってたっけ……
でも、全てを失った、今の俺はどうだろう?
バレーも出来ない
日常生活も儘ならない
大切な恋人、飛雄までも失って
こんな俺って、生きてる意味なくない?
「……誰か……た、すけ、て……
……………………」
道行く人々に助けを求めようと、声を出したけど
上手く、言葉を発することが出来なかった。
いや、求めることをやめた
だって、このままでもいいやって思えたから。
夜になって、朝が来て
そして、また夜になる
俺はずっと、このまま……
それでも、良いと思えた
そのまま、終われば
良いんだ……
「っ、及川さんっ!?」
「飛雄……?」
愛しい声が聞こえた気がした
また俺の頭が勝手に想像して……そんな甘い期待をしてしまったんだね
有り得ないのにね……
「……飛雄」
「及川さんっっ!!」
突然後ろから、首に腕を回されて
強く
抱き締められた
いや、首を絞められていると言った方が、正解かもしれない。
「グェッ!! ぐっ、ぐるじいっ……
グッ、うっ……
ト、ビ……オ……お、前、し、絞めすぎっっ!!」
俺は藻搔きながら、飛雄の腕を何度も叩いた。
「えっ!? あっ!! スンマセンッ!!!!」
飛雄が慌てて、俺から手を離して飛び退いた。
「ゲホッ、ゲホッ、オエェッ!」
「だっ、大丈夫ッスか及川さんっ!?」
「ゲホッ、大丈夫じゃないよこのおバカ!!」
「スンマセンッ!」
勢い良く頭を下げる飛雄に、呆れながらも無意識に口角が上がる。
想像じゃなくて、本物だ
飛雄……帰ったと思ってた
あんな最低なこと言われたのに、どうしてまた会いに来たの?
つくづくおバカだねお前は
そう心中で笑っていると、飛雄が慌てた面持ちで、出し抜けに俺の肩を掴んできた。
「そっ、それより及川さん、スゲー傾いてますよ!!
このままじゃあ、車椅子が倒れます!
今助けるから、じっとしてて下さい!」
「あ、そー言えばそーだった。
それより飛雄助けるって、ちゃんと助けられんの??」
飛雄が衝撃的な登場をしたせいで、今ピンチってことすっかり忘れてた。
でも、車椅子を触ったこともないこいつが、ちゃんと助けられるとはとてもじゃないが思えない。
「誰か他の人呼んできてく────」
「ほっ! よっ、とぉっ!」
俺の言葉を遮るように突然飛雄が側溝に嵌まっている方のアームレストを両手で掴み、力任せに引っ張り上げてきた。
「なっ!? あぶっ、ちょっと!!」
車椅子が持ち上げられたけど、それに乗っているのは体重70㎏台の長身の男だよ?
しかも車椅子の重量だってある。
自分の体重よりも重い物を持ち上げるなんて、そんな容易なことではない。
案の定上まで持ち上げることが出来ず、必死に踏ん張っていた。
1回下ろせば良いのに、それもせずに……
グラグラと車椅子が危なく揺れて、恐怖で冷や汗が止まらない。
「グッ……グヌヌッ……」
「ちょっと飛雄、危ない! やめてよ!!」
「グヌッ、ヌ……うっ、うおおおおぉぉおおおぉおおおおああぁぁぁッッ!!!!」
「とっ、飛雄ーーーーッッ!!」
飛雄が声を哮り上げ渾身の力を込め、車椅子を更に高く持ち上げた。
俺も叫びながら、恐怖のあまり飛雄の腕にしがみ付く。
だがしかし力及ばず、後輪が上がっても前輪までは上げられず、側溝の縁に引っ掛かってバランスを崩してしまった。
「アッ!?」
「ギャアッッ!!」
車椅子が大きく激しく傾き、立ち上がることも踏ん張ることも出来ない俺の身体は、飛雄にしがみ付ききれず強い衝撃で車椅子から投げ出されてしまった。
「うおぁっ!?」
「及川さんっっ!!!!」
飛ばされながら、飛雄がこちらに必死に手を伸ばしているのが視界に映った。
次の瞬間には、飛雄に抱き締められ絡まり合うように二人で、道路を転がり叩き付けられた。
それと同時に車椅子がけたたましい音を立てて、倒れる音が辺りに響き渡った。
その音で、通行人が数人こちらに近付いて来た。
「ちょっ、ちょっと君達大丈夫かね!?」
「うっ……イッ、テテ……だい、じょうぶ、です…………」
「おっ、及川さん大丈夫ですか!!?」
涙目になった飛雄が起き上がり、俺の身体を乱暴に揺さぶってくる。
「ぐっ、あっ……ちょっ、飛雄……痛、い……」
「き、君ィ……そんな乱暴にしちゃあダメだよ!」
ザワザワとだんだん人が集まりだす。
「すっ、すんません及川さんっ!
俺のせいで、及川さんが大怪我を!!」
「……いや、そんな大した怪我してないから……
多分ちょっと、腕とか擦り剥いただけだから、心配すんな。
それより、お前は大丈夫なの?」
「俺なんかのことはどーでも良いんです!
それより及川さんの大事な体に傷なんて付いたら俺は……俺は……」
「大事な体?
……俺の体なんてもう……
それよりも、お前の身体の方が大切だから!」
「いや、及川さんの体の方が大切です!」
この身体が大切?
こんな身体……こんな役に立たない身体なんて……もう……
「俺の体なんて、ガラクタみたいなもんだから……大切じゃ、ないよ……」
「何言ってんスか!! 及川さんの体はガラクタなんかじゃない!!」
飛雄は真剣に心配してくれている。
だけど……その事が、俺の悲しみと怒りを増幅させる。
「こんな体が大切なわけねーだろ!!
もう、バレーも何もかも、出来ないんだからっ!!」
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