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第343話
及川side
自分でガラクタだなんて、そんなこと本当は言いたくなかった。
飛雄の眉間にしわを寄せた悲しそうに歪められた表情に、心が壊れていくような、そんな音が聞こえた気がした。
だからお前にだけは、知られたくなかったのに……
「及川さん……あの、でも────」
「あの、すみません! どなたか助けて頂けませんか?」
飛雄の言葉を態と遮って、周りの人達に助けを求めた。
何も聞きたくない
喋るな!
もうこれ以上、お前の瞳にこんな俺を映さないでくれ!!
抱えられて車椅子に座らされている俺を真っ直ぐ見つめて、飛雄は眉間にしわを寄せたまま何か言いたげな顔をしていた。
でも、それは聞いてやらない
あぁ……誰かに助けてもらわないと何も出来ない、こんな情けない姿も絶対に見られたくなかったのになぁ……
「皆さん、ありがとうございました!
助かりました」
「いやいや、持ちつ持たれつだからね」
「何も気にすることないですよ」
笑顔で立ち去って行く人達に頭を下げていると、飛雄が隣に近付いて来た。
「あの及川さん! さっきの話の続きですけど────」
「さぁ~てとっ、そろそろ行かなくちゃぁ~」
飛雄の言葉をまたも無視して車椅子を漕ぎ出すと、追い掛けて来た飛雄が車椅子を掴んで進行を妨害してきた。
振り返って睨み付けたけど、その先の飛雄の表情は真っ直ぐ射貫くような眼差しでこちらを見つめてきていた。
それに無意識に目を泳がせながら、強気に返す。
「ちょっと、離してよ……今から病院に行くんだから!」
「え!? やっぱり何処か怪我したんすか!?」
「そりゃ車椅子から転げ落ちたら、誰だって怪我するでしょ?
お前も怪我したんじゃないの?」
「いや、俺は腕とか擦り剥いただけで、大した怪我はしてませんけど……」
「……でも結構服、血が滲んでるけど?」
「あ……」
腕や膝からは痛々しく血が滲んでいて、半分は飛雄のせいでもあるんだけど、申し訳なさと服の替えはあるんだろうかと心配になる。
「……お前も病院に行くんなら、別のとこにしてよね」
「いや、俺はこれぐらいどうってことないです!!
それより、及川さんに付いて行きます!」
「はぁ!? 付いて来ないでよ!
助けようとしてくれてどうもあんがとね!!
もう大丈夫だからバイバイ!!!!」
そう言って車椅子を漕ごうとしたけど、そう言えば飛雄に捕まってたんだった。
前に進めず、苛立ちに大きなため息を吐く。
「あのさぁ……離してくれる?」
「一緒に行っても良いって言ってくれるなら、離します」
「なぁんでさぁ!!
あっ、もしかして病院の場所が分からないからとかぁ?
そーだよねゴメンゴメン!
ちゃんと教えるからさぁ、分かったらもうどっか行ってくれる?」
「どうしてそんなに追い払おうとするんすか……一緒にいても良いじゃないすか」
「俺は一緒にいたくないんだけど……どうして一緒にいなくちゃいけないの?」
「だって……俺達ずっと一緒だったじゃないですか!
部活終わったら毎日迎えに来てくれて、休みの日はデートして、時間の許す限りずっと一緒にいてくれたじゃないですか!!
東京に行っちまったら、もう連絡はしなくなるんすか?
メール沢山しようって言ったのはあんたの方ですよ!
会いに行ったらどうして他人のふりするんすか?
俺何か悪いことでもしましたか?
教えて下さい及川さん!!」
そう一気に捲し立てて、俺の両肩を爪が食い込むほど強く掴んで涙を流し始めた飛雄に、胸が張り裂けそうな思いでこっちまで涙が溢れそうになった。
でも泣かない……絶対に泣いちゃいけない
だって、お前との思い出を全て無かったことにするって決めたから。
俺とお前との間に思い出なんて、何もなかったんだから。
だから、だから……泣くのっておかしいことだろ?
「何を言ってるのか意味が分からないよ。前にも言ったけど、君の探してる及川さんは俺じゃないから」
その言葉に、飛雄はこれでもかというほど大きく目を見開いて、信じられない物でも見たかのような顔をした。
「何言ってるんすか……だってさっき、飛雄って呼んでくれたじゃないですか?
バレーの話もしてましたよね?
どうしてまた他人のふりをするんすか?」
「飛雄って君が名のってきたから、気分で? そう呼んでみただけだよ。
他に意味なんてない。
バレーの話なんかしたかな?
ゴメンね、覚えてないや」
「そうやってまた嘘つくんですか?」
「嘘じゃない……全部本当のことなんだよ。
もういいかな? 俺そろそろ行くね」
肩を掴んだ飛雄の手を離れさせようとしたけど、それよりも強く握り込まれる。
やめろよ……もう、こんな最低な奴の事なんか忘れてくれよ!
「……離せよ」
「嫌です。無理です……」
「放せってば!!」
声を張り上げて、飛雄の腕を力強く掴んだ。
飛雄は痛みに顔を歪めながら、何故かその手の上に自分の手を優しく重ねてきた。
その優しい感触に、涙が滲みそうになる。
「俺は……及川さんに久しぶりに飛雄って呼んでもらえて、本当に嬉しかった……」
「…………」
「それだけじゃない……声が聞けただけで、姿が見れただけで、あんたに会えただけで
めちゃくちゃ死ぬほど嬉しかった……」
「…………」
何も言えない……
応えてあげられない自分に心底腹が立った。
俺も、本当は同じこと思っているのに。
飛雄が会いに来てくれて、
姿が、声、体温
飛雄の存在する全てが恋しくて愛おしい……
「他に誰か、好きな人でも出来たんですか?」
そんなわけないだろ!!
飛雄以外の奴なんて、そんなの絶対に考えられるわけない。
「……もしそうだとしても、君には関係ないことだよね?」
「…………っ、俺のこと……俺を嫌いになったんなら、別れたいってはっきりそう言えばいいだろ!!
遠回しに他人のふりなんかせずに、別れようってそう言えばいいのに!!」
俺は……別れたくない……
お前からの別れ話も聞きたくない……
「…………」
「ちゃんとはっきり言って下さい! 及川さんっ!!」
「……うるさい……」
「及川さん!!」
「うるさい!! あんまりしつこいと、人を呼ぶよ!」
「俺はまだ、あんたを諦めたくない!!」
「あの、すみません! 助けて下さい!!」
もう飛雄の顔を見てられなくて、瞳を強く閉ざしながらそう叫ぶと、通行人が数人こちらに近付いて来てくれたようだ。
「どうしました?」
「助けて下さい! しつこく付き纏われているんです!!」
「……え? 及川さん……」
飛雄の動揺した声に、胸が痛む。
俺って本当に最低で、酷い奴だ……
「ちょっと君、何をしているの?」
「いや、俺は……っ」
「君ねぇ……弱い者いじめは駄目だよ!」
「なっ! 弱い者ってどういう意味ですか!?
及川さんは弱くなんかありません!!」
「体が不自由な人をからかって遊んでるんでしょ?」
「そう言う言い方やめて下さい!!」
やっぱりそうだよね……
弱い者、身体が不自由な人
俺を見たら誰だってそう思うよね……
実際にそうだ。
俺は、自分だけじゃあ立ち上がることも出来ないし、車椅子から落ちたらああやって誰かに助けてもらわないと、どうすることも出来ない。
弱い人間だよね……
飛雄は今は否定してくれてるけど、ずっと一緒にいたらやっぱり俺が助けなきゃとか、守らなくちゃとか、思い出すに決まってるよね……
そしてそのままそれを、バレーに結び付けていくんだよね
分かってる。だから俺はそれが辛くて、逃げ出そうとしているんだから。
やっぱり弱い者……
その通りだよね
俺は、その現実から逃げるように、車椅子を漕ぎ出した。
「あっ!! 及川さん、待って下さい!!」
「君、いい加減にしなさい!!」
「及川さん!!」
遠ざかっていく愛しい声
そうさせているのは、紛れもなく俺なんだ
飛雄、ゴメンね……
飛雄はこんな姿の俺を見ても、変わらず好きだと言ってくれたのに
それさえも信じられなくなってしまった俺は
本当に弱い者だ────
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