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【イカレ竜・出産】アンテロ誕生裏話(2)
軍のテントってのは大体が防水仕様の丈夫なものだ。それを広げ、綺麗なシーツを敷いて凭りかかる場所を作れば徐々に落ち着く。そうして浅く深く呼吸を繰り返せば腹の中が動いて自然と破水し、後は急激に落ちてくる感じがした。
「っ!」
痛みが走るが、十分に産道も開いている感じがする。少しいきめばそれで抜けて行く感覚に、俺にも本能があるかと安心した。
「え! えっと!」
「頭出てくるまでは仕事はない。出てきたら首の後ろに手を添えて頭支えて引き抜け」
「引き抜くっすか!!」
「勝手に抜け落ちる」
今言っておかないと上手く伝えられそうにない。何度か砦で経験があった俺は、自分がしたのと同じ事を伝えた。
わりと楽に落ちてきてくれる。素直ないい子だ。これならそう長くはかからないが…。
「わあぁ、グラース様」
慌てたハリスが俺の手を握ろうとするのを、俺は払って睨み付けた。
「馬鹿! 手握りつぶされたいのか!」
そこらのヤワな奴じゃないんだぞ。これでも現役の俺が痛み任せに握ればお前の手は粉砕骨折だ!
痛まない間は浅く息をつき、痛みが増せば息を吐ききる。そうする内にオロオロのハリスは何かを思いついたらしい。使っている枕の一つに何を思ったのかランセルの服を着せて俺に押しつけてきた。
「これに抱きつけば少し楽っす! えっと…ほら、へし折る感じで!」
「!」
案外酷い事を言うな、こいつ…。
だが、ふと鼻先を掠めた匂いに俺は落ち着く部分があった。脳裏にふやけたあいつの顔が浮かぶ。
産まれたら、あいつはどんな顔をするか。泣くだろうか? それとも、意外と父親の顔をするのか?
余計な力が抜けて、子供も素直に抜け落ちて、破水後数十分で子供は産まれ元気な声で泣いた。
「うわぁ、小さいっす…」
「十分な大きさだ…」
ぐったりと疲れて背もたれに凭れた俺は、上手く受け止めたハリスに笑いかける。
やっぱりコイツは何だかんだで役に立つ。気遣いもできるし、オタオタしてもし損じることがない。産まれた子供も上手く受け止めてくれた。
「えっと、こっからどうするっすか?」
「産湯の準備してくれ」
産まれた子供を受け取った俺は綺麗に指を洗って口の中に残るものを綺麗にしてやり、弱い力で鼻を吸った。これでしっかりと鼻も通るだろう。何より随分元気に泣いた。これなら問題ない。
「産湯できたっす」
「はさみ貸せ」
「はさみっすか?」
不審そうにしている前で臍の緒を切り、ヒールで治しておく。綺麗になった子を、ハリスに渡した。
「濡らしたガーゼで体を拭いて汚れを落としてやってくれ。頭と首は支えろよ。それと、口とか鼻にかからないように気を付けてくれ」
「はいっす」
丁寧に湯の中に腕まで浸けて支えてやり、丁寧に体を拭って汚れを落としていく。髪の毛も湿らせたガーゼで拭ってやったハリスを見て、俺もようやく力が抜けた。
「くたびれた…『クリーン!』」
大いに汚したテントやシーツを一応は綺麗にしておく。どっちにしても洗濯がいるが、とりあえずだ。
そうする内に産着を着た子が俺の腕に戻ってくる。銀の髪は俺だろうが、瞳は緑色だ。間違いなく緑竜だな。
「可愛いっすね」
「あぁ、本当だな」
柔らかな頬をくすぐると、嬉しそうにしている。出るか分からんが胸に口を近づけば素直に吸い付いた。飲めているんだろうが…。
「ハリス、代替乳の準備もしてくれ。多分足りないな」
「うっす。で、そろそろ入れてもいいっすか?」
「ん?」
ハリスが扉を指さす。そこからはただならない殺気が漂っていた。
「俺、殺されないっすよね?」
「守ってやる」
「助かるっす」
ハリスが結界を解けば途端にドアが開いて、随分殺気だったランセルが仁王立ちしている。
「どうして締め出すんですか!」
「お前はいらん」
「どうしてハリスはいるんですか!」
「大きな声を出すな馬鹿たれ! チビが泣く」
言えば緑色の目がパチクリとして、ちょこちょこと近づいてくる。そして、俺の腕の中にいる子供を覗き込んで途端にパッと頬を紅潮させた。
「可愛い…」
「当然だ」
怒りを忘れたようなランセルは、つんつんと頬を突いて嬉しそうにする。俺はランセルに向けて子を差し出したが、ワタワタとして焦っている。
「抱き方分かりません」
「なに! まったく…」
一度チビをハリスに預け、俺はランセルの腕を作ってやる。
「腕で頭と首の後ろを支えて、手の平は腰から尻の辺りを支える。んで、もう片方は上から背中に回して支える」
出来た形の上にチビを乗せると、ランセルはオロオロしながら教えたとおりの事をした。そしてとても静かな、穏やかな表情をした。
「温かくて、小さくて、とても弱いんですね。私みたいのが抱いていいのかすら分かりません」
「いいに決まってるだろ。お前が父親だ」
ランセルはニッコリと笑い、チビをハリスに手渡して診察するように言いつける。出て行った部屋の中は俺とランセルだけになった。
「お疲れ様です。体は大丈夫ですか?」
「多少貧血だが、平気だ」
俺の側にきて、柔らかくキスをしたランセルの手が俺の腹にも触れている。ぺたんと平らになった腹が、温かく温もっていく。ヒールをかけたんだと、直ぐに分かった。
「欲しいものとか、ありますか?」
「いいや。だが、疲れた…」
「ゆっくり眠ってください」
とても穏やかに言うランセルが、珍しく男の顔をして俺の額にキスをする。体が浮いて、柔らかなベッドの上におろされ、覆うようにもう一度、頬と唇にキスが落ちる。俺はそれに甘やかされ、多少それが心地よくて、微笑んでいる。
緩く訪れる眠気に任せて瞳を閉じた俺の手はしばらく温かく、ただ言葉のない時間に身を任せ、満足した気持ちのまま眠っていった。
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