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【イカレ竜】夫婦の時間(2)
その夜、俺は寝室で寝転がっていた。今日はほとんどが座っての仕事で、体が凝り固まった。
「疲れていますね」
寝椅子に腰を下ろして本を読んでいたランセルが近づいてきて、ベッドの縁に座る。俺はそれに「んっ」と気怠く答えるのみだった。
「マッサージしましょうか?」
「ん? あまり気を使わなくていいぞ」
「私がしたいんですよ。だから、お願いします」
そう言ってベッドに乗り、腰の辺りをマッサージする。それはとても心地よく、凝り固まった筋肉を優しく的確に解していく。
「上手いな」
「そうですか?」
「あぁ、気持ちいい」
枕を引き寄せて抱き込めば更に夢見心地だ。俺はうっとりとされている。
「子育ても大変ですからね。お疲れでしょ、グラースさん」
「そうでもない。俺よりもハリスが大変そうだぞ。あいつ、プライベートあるか?」
「休みを取るように言っているんですがね…」
その口振りだと、ないんだな。
「どうもイヴァンがハリスに懐いていて、ハリスもイヴァンが可愛いみたいです。休日だっていうのに遊びにも行かずにイヴァンを構い倒していますから」
「あいつ、そろそろ結婚相手探してもいい頃だろ。誰かいないのか?」
「本人にその気がありませんからね。もう、どうしたらいいのか」
珍しく部下の心配を本気でしているっぽいランセルに、俺も同じように悩んだ。
ハリスはいい奴だ。甲斐甲斐しく気遣いもでき、優しく適度に軽い。更に言えば従属属性があるのか俺の咄嗟の命令に逆らった事がない。
そんなわけで、俺はあいつを少しいいように使ってしまっている。アンテロを産んだときに補助を頼み、イヴァンの時には何も言わずに心得たように準備をし、きっちり取り上げた。あいつは何スキルを習得したんだ。
その後、子供の面倒までよく見るようになった。
挙げ句の果てには美味しい離乳食の作り方、成長を助けるおやつ、赤ん坊がよく寝る子守歌まで習得した。誰かもらってやってくれ。確実に役立つ。
「あいつ、このまま行くと未婚のままだな」
「世話、焼きますか?」
「周囲がそれをして嬉しかったか?」
「大迷惑も甚だしい状態でした」
俺がアンテロを身ごもるまで散々娶せられてきたコイツにしたら、そうだろうな。
「ねぇ、奥様。もしもですよ、イヴァンが大きくなってハリスが好きだと言ったら、どうしますか?」
不意に問われ、俺は目を丸くする。だが…ありえる。そして俺は誰よりもハリスという男の優しさと誠実さを知っている。だからだろう、拒絶はない。
「いいぞ、あいつらが納得するなら嫁に出す。お前はどうだ?」
「えぇ、私もそれでいいと思っていますよ。ただし、二人が互いに好き合っていればですけれどね」
「あぁ、そうだな」
俺は言いながら、思わず笑った。成長したイヴァンをハリスがどう扱うのか。どちらが主導権を握るのか。その過程を、おそらく近くで見るだろう。
「さて、次はこちらですね」
「え? あっ、こら!」
言うが早いか、ランセルの手が俺の耳に触れる。そして丁寧に俺の耳の付け根をふにふにとマッサージし始めた。
「うっ…何でこんなに上手い…」
適度な指圧が耳の根元を押し、クニクニと揉んでいく。この心地よさは本当に力が抜ける。完全リラックス状態になる。
「結構硬くなっているんですね。疲れますか?」
「音に対して敏感に動くからな。これでも自分で揉むんだが…」
「気持ちいいですか?」
「あぁ、気持ちいい」
徐々に思考が鈍るくらいには心地いいんだ。
心得ているように根元、耳の際の辺りと、ランセルの手が全体をまんべんなく解していく。それにうっとりと身を任せているのはいい事だ。
いつしかウトウトと眠くなって、俺の意識はゆっくりと消えていった。
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