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【イカレ竜】グラースの帰郷(1)
アンテロが産まれた1年後、俺は共同作戦の話し合いの為に懐かしい祖国に戻ることになった。
それというのも緑竜の王が俺の魂を引っこ抜くのに使ったアイテムが、やはり違法なものだと分かったのだ。
国内の闇商人を多く摘発したガロンは、このアイテムの出所を探った。そしてやはり、ゾルアーズ国の深い森の中に製造している奴がいることを突き止めたのだ。
多少、心配ではあった。それというのも前回の共同作戦の際に、ランセルが俺を攫っているからだ。
当然あれこれ面倒が起こるだろうと思い、監禁生活が解けた後直ぐに軍事総長宛に正式な軍の脱退届を出し、国に対しても出国手続きをした。それだけでは心配で、実家に手紙も一応は送っておいた。
ただ問題は、これらに対する返信が返ってきていないことだ。
単純に「勝手な息子は勘当だ!」という方針ならいい。むしろその通りで何の反論もできない。勝手をしたのは確かで、そこには確かに俺の意志があった。ランセルは大いに責められればいいとは思うが、あいつばかりのせいではない。
だが問題は、あれこれと動いていた場合だ。その場合、俺の帰省自体何かしらの罠かもしれない。とりあえず国に入れる、そういう事かもしれない。
だがその場合、俺がランセルを守る。その心づもりだった。
国境を接するゾルアーズ軍第三砦。元は俺がいた砦で緑竜軍を待っていたのは、懐かしい面々と補佐官だったハルバードだった。ただやはり、表情が厳しい。
「久しぶりだな、ハルバード」
「グラース隊長…」
前に出て声をかければ、それだけで悲痛に瞳が歪むハルバードは、俺の背後に立つランセルを見て睨み付けた。
「よくも、ぬけぬけと…。貴方がこの方を攫っていったのですね!」
「えぇ、その通りですが」
「許さない!」
手を上げたそれで、控えていたゾルアーズの部下達が身構えたのを見て俺が肝を冷やした。こんな所で元部下と現部下+1が睨み合いなどたまらない。今にも戦いになりそうなその場で、俺はランセルの前に出た。
途端、ハルバードは苦しそうな顔をした。
「何故庇うのです!」
「一応夫だからな。殺される訳にはいかない」
「夫…?」
俺の発言に、信じられないという様子でハルバードは俺とランセルを見る。酷く歪んだ辛い目に、俺の方が申し訳なくなった。
「貴方は、無理矢理攫われて…軍もそのせいで…」
「それは違う。お偉方の種族いびりが嫌になって、軍を抜けたんだ。それは、俺の意志だ。その後はまぁ……攫われたのは本当だが、その後戻る事も可能だった。戻らなかったのは、俺の意志だ」
「そんな! 上層部は貴方が突然行方不明になり、緑竜が攫ったと! その後、砦の責任もあるからと貴方は出奔扱いで軍を除籍されて」
「自分たちの非を認めたくなかったんだろ。いつもの事だ」
「そんな……」
打ちひしがれるようなハルバードがいっそ可哀想でもある。俺は近づこうとして、その腕を後ろから引かれた。
「…そちらに、戻って欲しくありません」
「ランセル」
「貴方は私のものです。私だけの、大切な奥様です」
いつになく不安そうに瞳が揺れるのを見て、俺は切なさがこみ上げてくる。同時に、強い意志もある。
古巣は何かと気にかかるし、無責任に放置してしまった責任も感じている。
だが、ここには戻らないと決めた。勿論何かあれば協力はしたいと思うが、協力だ。俺が今腰を据えているのは、ランセルの側だ。
くしゃくしゃと頭を撫で、情けない瞳に頷いた俺は微笑んだ。
「勿論、俺はお前の伴侶で、アンテロの母親だ。お前は俺の夫で、アンテロの父親だ。どんな理由があっても俺はお前の隣にいる。だから、どっしり構えておけ」
伝えれば途端に目が丸くなって、次には嬉しそうな笑みが浮かぶ。これでとりあえずは安心だろう。
「アンテロ?」
ハルバードが恐る恐る問いかけるのに、俺は頷く。そしてしっかりと向き合った。
「去年産まれた俺の子供だ。今年1歳になった」
「子供!」
ザワザワと辺りが騒がしくなるのに、俺は苦笑するしかない。そんなに意外かと思うのだ。まぁ、意外か。
「貴方がお産みになったのですか?」
「あぁ」
「そんな……おのれ、緑竜!」
何故か余計に殺気だったことに溜息をつき、俺はキッと砦の奴らを睨み付けた。
「いい加減にしろ! それが客人に対する礼儀か! 俺は客に対して剣を向けるような部下など持った覚えはない! 誇り高いゾルアーズの軍人ならばその誇りに見合う振る舞いをしろ!」
腹の底から発する声はこいつらに散々号令をかけてきた声。それに、離れていたとは言え従い続けていた第三砦の奴らは咄嗟に膝を着いて礼を取った。
何が面白いって、背後の緑竜軍まで同じ事をしたのだ。躾が成っていて大変いいことだ。
「グラースさん、かっこいいです」
「まったく、お前がなりふり構わない事をしたからこうなったんだぞ。反省しろ」
「反省はしますが、後悔はしません。あの時はあれが精一杯でした」
「攫うな、まったく…」
腰に手を当て溜息をついた俺に、ハルバードは困惑した目をまだ向けている。
だがそれは、砦の中から現れた人物によって消えた。
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