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【イカレ竜】グラースの帰郷(2)

「相変わらずだな、グラース」  パチパチと手を叩いて現れた人物に、俺は視線を向けて動きを止めた。  黒い艶のある三角の耳に、スマートな黒い狼の尻尾を持つ人物を見た途端、俺は嬉しさから走り寄っていた。 「フォルコ!」  懐かしさから思わず抱きついた俺を、フォルコも受け入れて背に腕を回し、バシバシと叩いてくる。この遠慮のなさがまた懐かしかった。 「まったく、放蕩狐。心配した」 「悪かった」 「いいさ、元凶はそこの緑竜だ」 「違う、俺も選んだんだ。あいつばかりが悪いわけじゃ…」 「分かってる。それでも恨み言はあるんだ。軽く聞き流せ」  穏やかな兄のような口振りが、俺にはとても懐かしい。抱き合っている体を離して、改めて見た懐かしい人は狼特有の鋭さのある金の瞳に俺を映し、眉根を寄せて苦笑した。 「グラース、そこで生きるんだな」 「あぁ」 「後悔は?」 「ない」 「即答か」 「悪いな、フォルコ」 「まぁ、いいさ。お前の直筆の手紙を読ませてもらったからな、意志は固いだろうと思ったよ。それでもまぁ、直接話は聞きたかったからこうして招いた。元気な姿を見られて安心したよ」 「俺を捕まえるつもりだったのか?」 「やりたいとは思ったさ。もしくはそこの緑竜を犯罪者として捕まえてうっかり首でも撥ねてしまおうかと」 「フォルコ、やめてくれ」  困った顔で言えば目の前の人物は苦笑する。だがこの金の目は案外本気に思えてくる。  もしそうなったら、俺はきっと怒り狂うだろう。あれでも一応は、愛しいと思って連れ添った奴だ。 「あぁ、しないよ。俺がお前に殺されかねないし、恨まれるのは嫌だ。それよりは、遠くから見えない棘を刺して楽しむさ」 「相変わらず性格が悪い。それがなければ直ぐに結婚できるだろうに」 「あいにく、まだそのつもりはないんだ」  フォルコの視線が、背後のランセルへと向かう。  あっちもなかなかにぶち切れた目をしている。まったく、独占欲丸出しの嫉妬でギラギラした目をして。緑竜軍もハルバードも突然の低気圧にすっかりドン引きじゃないか。今回はアンテロの世話でハリスがいないんだぞ。クッションないんだ、やめてくれ。  溜息をついて、俺はランセルの側へと歩み寄る。そしてガバッと頭を抱き寄せると、その額にキスをした。 「「!!」」 「奥様…」 「まったく、殺気立つなよ。いいか、ここの奴とぶつかったら俺がお前をぶん殴って押さえ込まなきゃいけないんだぞ。そんな手間、俺にかけさせるな」 「はい、勿論です! 貴方の手を痛めるような事はしません」  一気にイカレ全開のランセルに、最近これでいいんだろうと思うようになった。妙に据わった目をするよりは、こっちの方が御しやすい。  緑竜軍はもう、「はいはい」という目で見ている。何せ日常風景、通常運転だ。  だが第三砦の面々は違う。全員が目を丸くして口をあんぐりと開けている。ハルバードなど放心状態だ。  その様子を少し離れて見ていたフォルコも驚きつつ苦笑し、腰に手を当てて近づいてきた。 「これはまた、見せつけられる。グラース、お前キャラ変わったな」 「コイツの相手をしている間にな」  俺もこれには苦笑だ。最近この程度のスキンシップというか、宥め方は普通になってきた。恥ずかしいよりも、まずコイツを落ち着ける事が先決だ。  そのランセルはというと、俺の腕を掴みフォルコを睨み付けている。 「この方は私のです」 「はいはい、それはもう分かった。正直コイツの締まりのない顔を見るとは思わなかったよ。この様子ではアンタに危害を加えると、俺がグラースに殺されそうだ。そこは妥協しよう」 「近づかないでください」 「それは随分な言いようだな。これでも親族になるんだぞ」 「……親族?」  ランセルは俺を見て、フォルコを見る。主に見るところが尻尾と耳ってどうなんだ。 「ご親戚ですか、グラースさん?」 「一応、従兄弟にあたる」  マジマジとランセルが、今度は頭の上から下までを何度も見て、すすっと俺の前に出る。そして深々と頭を下げた。 「ランセルと申します。大変失礼をいたしました」  実に殊勝に言ったこいつの態度に、俺もフォルコも顔を見合わせて、そして大いに声を上げて笑った。

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