29 / 162
【イカレ竜】グラースの帰郷(3)
どうにか砦に入った俺とランセルとフォルコは、現在ハルバードを加えて執務室にいる。未だに俺から離れないランセルを見て笑うフォルコに俺が溜息をついた。
「ランセル、少し離れろ」
「ここは危険です」
「お前以上に危険な奴はいないから心配するな」
「私は危険じゃありません」
「無害な奴が拉致はしない」
「…ごめんなさい」
腕をソロソロと離したのを見て、フォルコが更に笑う。俺は溜息をついた。
「凄いな、この図は。是非とも親父に見せたい」
「やめてくれ」
「どうしてだ? 叔父上は会いたいと泣いていたぞ。そのせいで親父も他の叔父達も大騒ぎでな。正直お前の手紙が遅れていたらゾルアーズ全軍で奪還戦争になりかねなかった」
「やっぱりか…」
自国で起こっていた事を知って、俺は肩を落とした。半分は安堵だ。
そうなるかもしれないと思って手紙を送ったんだ。丁寧に、主に自分は元気で生活していること、ここにいるのは俺の意志である事を散々に主張した。どうやら伝わってくれたようだ。
「あの、伺いたいのですが」
「ん?」
「貴方一人を取り戻すのに、軍の全部が動くのですか? 正直貴方の話を聞くとそこまで貴方を大切になさっているとは思えなかったのですが」
ランセルの言葉に、今度はフォルコが苦笑する番だった。
「確かに、上層はコイツを疎んだ。その理由は種族というのもあるが、それ以上の事もあったんだよ、ランセル殿」
「それ以上?」
「コイツは将来的に軍事総長として軍の上に立つはずだった。そのつもりで現軍事総長も育てていた。それが余計に、種族主義の奴らのかんに障ったのさ。自分より下の狐族に従うのは癪だとね」
「グラースさんはまだ若いですよね? それが今から軍事総長候補だなんて、おかしくはありませんか?」
「おかしくはないさ。これでも一応、公表されない末席とはいえ王家の血筋だ」
「………え?」
ランセルは俺をマジマジと見る。若干焦った顔をしているな。まったく、今更だ。
「あの…奥様今更ですが」
「なんだ?」
「お生まれと血筋を…」
「現ゾルアーズ国王は、俺の父親の父、俺にとっては祖父にあたる。俺の父親は国王の第7子で、公表もされていない末席の王子になる」
焦った顔をしたランセルがオロオロするのを俺は楽しく見ている。こういうランセルを見るのも楽しいものだ。
「言って下さいよ!」
「言えば余計に拗れるだろ。そもそも調べもしないで人を攫うのがまずいんだ」
「貴方、将来が見えないって!」
「10代からずっと軍にしか関わっていないんだ、嫌になって抜けたら見えないだろ。今更家に帰るつもりもサラサラなかったんだ」
俺は嘘は言っていない。更に言えば家は勘当されていいと思っていたんだから、余計な事も言わなかった。まさかこんな形で再び関わるとは思わなかったしな。
ランセルはガックリと肩を落としたが、次には俺の肩に体を預けて腕を組んで諦めた。コイツのいい所は、今更な事はさっさと諦めてくれることだ。俺以外な。
「いいです、今更貴方を手放せませんから、何ならまた攫います」
「攫うな! いいんだよ、俺もお前と息子を置いて実家になんて帰らん」
そう伝えれば素直に甘えてくるコイツを適当にあしらう。それを見るフォルコは楽しそうに、ハルバードは不快そうに見ていた。
「この姿を見れば、全員呆れて好きにさせてくれる。叔父上には泣かれろよ」
「まぁ、仕方がないか」
「息子が結婚して、式にも呼ばれず、しかも知らん間に孫まで産まれていたなんて知ったら荒れるぞ」
「…謝っておく」
それでも散々に泣かれるのだろう。思えば実家には帰りたくないのだが、この様子だと連れていくつもりなのだろうな。
「まぁ、それはもういい。それよりも、フォルコがここについてくれたんだな」
言えば片眉が上がり、ニッと笑う。俺は溜息しか出ない。
「藪を突いて出てきたのが大蛇だったわけだ。俺の知っている上層のくそったれは、もういないな?」
「当然いるわけがないな。第二砦はパトリスが、第四砦にはヒャルトがついた。軍事はそのうち俺が継ぐ。随分スッキリしたぞ」
「それは何よりだ」
どうやら軍はファルコの手中に収まったらしい。当然と言えば当然の流れだ。こいつの父親は王太子。こいつもその家の第3子だからな。
「と、言う事で動かしやすくなった。闇商人の隠れ家摘発の件は仕事としてきっちりやる。私的には言いたい事もあるが、そこは分ける主義だ。ランセル殿も、どうかそのつもりで頼む」
「分かりました。ご協力、感謝いたします」
スッと表情を引き締め仕事の顔をしたランセルを見て、フォルコは驚き次には笑った。
「まぁ、それはとりあえずいいとして。グラース、ランセル殿、明日はここから少し行った屋敷までご足労願う。親族で手の空く者が集まる予定だ。挨拶くらいは頼むよ」
「分かりました、お手数をかけます」
「逃げないんだね?」
「したことに対しては、ある程度責めを受ける覚悟はできました。それに、何があっても私は奥様を手放しませんので、最悪また攫って逃げます」
「だからお前は攫うな!」
こうなる事は予想できたが、ランセルには釘を刺す。だが直ぐにランセルは真面目な顔をして、俺を見上げてきた。
「何度でも攫います。貴方が嫌だと言っても、無視します。貴方だけしかいらないのです。だから、例えご家族に恨まれても手放せません。何度でも勝手をしますから」
いつになく必死なのは、それだけ俺の事を捕まえておきたいからだろう。
俺はその手を握ってやった。まったく、いつになったら学習する。俺はお前の側を離れるつもりはないって言ってるんだ。これはもう、攫うじゃないんだ。
「馬鹿だな、まったく。攫われるんじゃない、俺達の家に帰るんだ。妻を連れ帰るのに、特別な理由なんていらないだろ」
「奥様!」
嬉しそうに目をキラキラさせやがって、まったく。これだから捨てられないんだ。
そんな俺とランセルを、フォルコはニヤニヤと見ていた。
ともだちにシェアしよう!