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【イカレ竜】グラースの帰郷(4)
その夜、俺は砦に残った。明日は両親や他の伯父や従兄弟とも会うことになるだろう。少し落ち着かない。
部下は下げた。今回は挨拶だけとなり、ゾルアーズ側の調査報告を待つ事になったからだ。ランセルは何か用事があると、今は少し席を外している。
懐かしいテラスでのんびりを外を見ていると、背後から足音がした。静かな音は知っている。
「ハルバードか?」
振り向きもせずに問えば、足音が止む。そして改めて、近づいてきた。
「グラース様」
「悪かったな、勝手をして。恨んだだろ? 俺は結局、お前達を捨てたのと変わらないからな」
「そんな! 貴方が苦労なさっているのは知っています。出自については存じ上げていませんでしたが…」
「言っていないしな」
家や血筋に頼って従えたって本当には信頼してもらえない。俺は俺の実力をまずは示したかった。だから言わなかったんだ。
「悪かったな、ハルバード」
「いいえ…」
振り向けば、ハルバードは肩を震わせていた。俺は近づいて、その肩を抱いてやった。
物静かで、いつも俺の穴を埋めるように動いてくれて、俺のプライドも守ってくれたこいつのプライドを、俺も守ってやりたかった。
「…お慕いしておりました」
「…そうか」
「貴方の下につき、貴方の側にいて…貴方の事が好きでした」
「…そうか」
気づかなかった。俺にとってこいつはどこまでも部下でしかなかった。だが、コイツにとっては違ったんだ。そこは、受け止めてやらなければならないだろう。
「…幸せですか?」
問われ、俺は笑う。そして淀みなく頷いた。
「幸せだ」
「辛い思いをなさっていませんか?」
「騒々しくてそんな事を思う暇もないな」
困ったアホが旦那だ、毎日が忙しい。アンテロも動き回るようになったし、それを追いかけるハリスを見るのがまた面白い。軍の訓練をつけ、友人との時間を過ごして。
俺はこの国にいた時よりもずっと忙しく、そして楽しい時間を過ごしている。
「楽しく、幸せさ。あのアホも、案外良い奴だよ」
「…悔しいです。貴方があんな男に手込めにされているなんて。抱かれたい上司No1だった貴方が、まさか子を産む側になるなんて」
「そんなのあったのか!」
今更の驚愕に声を上げれば、ハルバードは可笑しそうに笑う。顔を見ないまま、それでも声を上げた。
「貴方は我々部下にとって、過ぎた憧れだったのですよ」
「抜け駆けなんて許されないほどに」と付け加えられて俺は恥ずかしくなる。
だが、例えアタックをかけられたとしても靡きはしなかっただろう。俺にとってはこいつらはどこまで行っても部下だ。それ以上にはなりはしない。
あいつだったからだ。今にして思えば、そう言える不思議がある。そしてそう思える俺自身に笑った。俺もあいつに負けず劣らず、それなりには愛情があるんだ。
「やっぱりあの緑竜、嫌いです」
俺の様子を察したらしいハルバードが小さく呟くのを聞いて、俺は小さく笑った。
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