31 / 162
【イカレ竜】グラースの帰郷(5)
翌日、俺は出迎えたランセルを見て目を丸くした。ランセルの隣にはハリスがいて、当然のようにアンテロを抱いていたのだ。
「あっ、おはようございますグラース様」
「あぁ、おはよう。一体どうしたんだ?」
「ランセル様が一度戻って来て、グラース様の親族と会うからアンテロ様をお連れしたいって言って。それで、俺はアンテロ様のお世話でついてきたっす」
俺は隣のランセルを見た。昨日いなかったのはそういうことなのか。
同時に、とても嬉しかった。久々にコイツの胸に飛び込んだくらいには喜んだ。
「すまない。手間だったろ?」
「フォルコさんに竜化の許可をもらいましたから、そうでもありませんよ」
わざわざ竜化してまで行ってくれたらしい。久々に出来た夫の姿を見たようで、俺は更にギュッと抱きしめる。
そうして一度離し、ハリスの手からアンテロを受け取った。まだまだ小さな我が子は俺の髪を握ってご満悦だ。
「ほぉ、それがお前の息子か?」
近づいて来たフォルコが俺の手元を覗き込む。多少威圧感のあるフォルコを見たアンテロは泣くかと思いきや…笑った。
「可愛いじゃないか。人見知りもしないんだな」
「そりゃ、軍の宿舎なんて人の出入りのある場所で育ってるからな」
「王太子の屋敷じゃないのか?」
「緑竜軍の宿舎は王太子宮と隣接してるっす」
説明をしたハリスへと、フォルコの視線が移る。目をパチクリとした後に何を思ったのかツカツカと歩み寄り、あろう事かハリスの頭をワシワシとなで回し始めた。
「なっ! なんすか!」
「いいサイズだな。髪も柔くて撫で心地がいい」
「グラース様みたいな事を言わないで欲しいっす! ってか、誰っすか!」
「悪いハリス、俺の従兄弟でフォルコだ」
「中身が強烈に同じっす!」
「はははっ、面白いなお前」
実に楽しそうにフォルコはハリスをなで回して、やがて満足したのか離した。サラサラの髪は嵐の中を進んできたのかと思うほどグチャグチャになっていた。
「強烈っす…怖いっす…」
「後で美味いもの食わせてやるから許せ」
「グラース様ぁ」
涙目のハリスはいっそついてこない方が安全なのではと思うが、今更フォルコが許してくれなさそうだ。
俺達はとりあえず用意された馬車に乗って移動を開始した。
「…グラース様って、凄いお家の人だったっすね」
馬車の中で簡単に俺の家の事をハリスに教えると、なんともあっさりと返ってきた。アンテロを抱いたまま、俺は苦笑する。
「緑竜の国にいるんだ、今更こんなものに恐縮する必要はない」
「そうっすか?」
「グラースさんはグラースさんですよ。今まで通りになさい」
「うっす!」
あまり考えていなさそうな顔で頷いたハリスを、フォルコはまだ楽しげに見ている。
「フォルコ」
「いや、面白いと思ってな。これは他の奴も面白がるな」
「他の……?」
「俺の従兄弟達だ」
「いやっす!」
途端にギュッと体を硬くしてランセルにひっついたハリスは若干涙目だ。
「そういえば、他にも従兄弟がいるのですよね? 皆狼族ですか?」
「いいや、違う。俺は狼だが、他にも兎、虎、山猫、熊、大鷲」
「大鷲!」
驚いたらしいランセルが珍しく大きな声を出す。まぁ、そこは驚くべきところだろうな。
「勢揃いだな。従兄弟だけか?」
「いや、親父を含めて叔父達も集まっている。祖父殿と、用事のある者はこられなかったが」
フォルコの目がまた、ハリスを見ている。
「ちなみにハリス、お前結婚は?」
「まだっす」
「恋人は?」
「いないっす」
「嫁ぐ気は?」
「ないっす!」
「うん、残念だ」
どれだけ気に入ったんだ、フォルコ。
いや、分からないではない。昔からフォルコと数人の従兄弟達はハリスのようなタイプを好んだ。従順そうでリアクションが良い奴だ。
ただ、かなりの問題がある。
「ハリス、俺の側にいろよ」
「へ?」
「獣人族は特に複数婚が一般的だ。一人の嫁に複数の旦那なんてざらにいる。フォルコに気に入られたなら、俺の従兄弟は大抵がお前を気に入る」
「グラース様、一生ついてくっす!」
涙目のハリスがエグエグしながら俺に大きく頭を下げた。
ともだちにシェアしよう!