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【イカレ竜】グラースの帰郷(7)

「グラース!!」  ボンッと俺に突進する父は、俺の腕の中に簡単におさまってしまうくらいに小柄だ。泣き虫な父は未だにそうらしく、俺の服を十分に濡らすくらい泣いていた。 「辛い思いしてない? 虐められてない? 拉致されて、監禁されてるなんて噂を聞いて…ごめんね、父親なのに助けにいけなくて」  うっ、半分は当たっているだけに多少言葉に詰まる。  それでも俺は苦笑して、父の頭をポムポムと撫でた。 「幸せに暮らしてるって、書いたじゃないか。助けになんて来なくていいんだよ」  来たって草食種族にも負ける気の弱さじゃどうしようもないだろ、親父殿。  視線を向ければ、母が実に腹立たしい顔をしてこちらを睨んでいる。綺麗な銀髪に褐色の肌、赤い瞳に捻れた銀の一角をつけた人は、俺に近づいてとりあえず一発はたいた。 「いった!」 「これで許そうっていうんだから、感謝しろ馬鹿息子。親に向かって心配ないの手紙一つとは、一体どういう了見だ。しかも聞くところでは結婚して子供産んだそうじゃないか。どうしてそういう大事な事を言わない」 「あぁ、いや…」 「なめてんのかアホ息子」  相変わらず口の悪い母が、次にランセルを見る。そのランセルは……何故恍惚とした顔をしている。うちの母親がじゃっかん引き気味だ。珍しい。 「……グラース、お前これでよかったのか?」 「よせ母上、俺は毎日それを一度は思うんだ」 「では毎日これで良かったんだと思い直して下さっているんですね」  と、ハートを飛ばしまくるランセルを見るとまた「コイツで良かったのか?」と思ってしまう。ようやく色々戻って来たようだ。  と、いきなり表情を戻したランセルが、母と父の前にきて丁寧に頭を下げた。 「緑竜国王太子、ランセルと申します。数々の非礼を、今更ですがお詫びいたします」  イカレ全開からの真面目な顔に、俺は「コイツで良かったんだ」と思わされる。毎日良いこと悪い事を差し引いて、それでも眠る前にはほんの少し良いことが多い。そう思えるからこそ、俺はコイツの側にいる。  父は未だに涙目で、母は未だにきつい目をしている。 「人の息子を攫って孕ませて、挨拶もなしに結婚したとは随分な非礼だな。返せ」 「それは出来ません。私はこの人を愛しています。この人がいないなら、もうこの命もいらないと思えるほどに愛しております。ですので、お返しできません。どうしてもと言うのなら、私を殺してからにしてください」  母が、とても静かに俯いた。そして俺は、どこか苦しく見ていた。  結局コイツは、昔と変わらないんだ。俺の為に生き、俺の為に死ねる。そういう気持ちのままだ。  進み出て、ランセルの隣に並んで、俺も同じく頭を下げた。 「色々とあったが、俺もコイツを必要としている。今更、コイツを放って戻る事もできないんだ。認めてもらいたいなんてどの口がと思うかもしれないが、離れる事はない。すまない、母上、父上。俺はコイツの側で生きていく」  ランセルが驚いたように俺を見る。こういう時こそイカレてハートでも飛ばしておけばいいのに、妙に穏やかに優しく笑いやがる。幸せだって顔してるこいつを、どうして放っておける? アホで馬鹿で可愛い伴侶だろ。  溜息をついた母が前に出て、俺とランセルの頭に一発ずつ拳骨を落とす。これで男だ、けっこう痛い。思わず睨みあげると、母は妙にスッキリとした顔をしていた。 「これで許してやろうってんだから、安いと思え息子ども」 「…はい!!」  ランセルは嬉しそうに笑い、俺も微笑む。一応は、認めてくれたってことだろう。 「ところでお前、息子連れてきたんじゃないのか?」 「え? あぁ、ハリスが…」  言って見回すと、ハリスはいかにもな獣人数人に取り囲まれて半泣きにされていた。 「グラース様! お助けっす!!」 「ハリス!」  まったく、どうして俺の親族一同はこんなにも次から次へと忙しいんだ!

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