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【日常】ママ会(2)

 中庭のテーブルにはグラースさんが座っている。今はまだ緑竜軍の軍服を着ているけれど、前は開けている。お腹はまだ全然出ていなくて、綺麗な体型を維持している。 「おーい、グラース!」 「ハロルド、久しぶりだな。シエルは元気か?」  少し遠くから声をかけたハロルドに、グラースさんは立ち上がって笑う。穏やかなその笑みは元々の顔立ちの美しさも相まってとっても綺麗に見える。間違いなく美形なのだ。 「来てるよ。なんなら後で会ってやってくれ、喜ぶ」 「あの子も愛らしく育っただろう。お前に似なくて良かったな」 「言うなよな、それ。まぁ、間違いなくガロン似だけど」  俺もそう思う。あのふわふわの金の髪とか、ふっくらとした色白の頬とか、大きな金色の瞳とか。間違いなく少年というよりは少女の美しさがある。  息子のロアールなんてシエルくんを見ると「可愛い。本当に天使」と呟くのだ。 「それよりもお前、体調平気か? 1ヶ月なら悪阻酷いだろ」  椅子に腰を下ろして奇妙なママ会をしながら、話題はグラースさんの妊娠の事。けれどそんなに体調が悪そうには見えない。顔色だっていい。 「俺は悪阻はないからな。流石に食う物に気を使ってはいるが、今の所体調を崩す事もない」 「うわ、羨ましい! 俺なんて1ヶ月食べられなくて死ぬかと思ったのにな。マコトは?」 「俺は悪阻があっても1日で終わるし」 「くそぉ、スキル特化!」 「ハロルドさんだってある意味スキル特化だろ?」 「俺のは妊娠を楽にはしてくれない!」  そんな事を言うハロルドさんを前に、俺とグラースさんは大いに笑った。 「確かに、人族が竜人の子を産むのは難産覚悟だからな。マコトはスキルがあるからいいが、ハロルドは辛いだろ」 「死ぬかと思ったよ。実際死にかけてたし。痛いし、血止まんないし。ガロンが俺に幸福分けて祈り続けてくれなかったらさ、俺駄目だった」 「確か、お腹開いたんでしょ? 男性が薬で子を身籠もってお腹裂くと、高い確率で母体は死ぬって婆さん言ってたけれど」 「男は一時的に場所を作るから、周辺の臓器と癒着してる事が多いからな。出血も多いし、取り出す時に他の臓器を傷つける。お前は本当に幸運だったとしか言えない」  これにはハロルドさんもなんとも言えない顔で笑うしかなかった。  俺は「スキルあっても辛い!」と叫んでいたけれど、ハロルドさんの話を聞いてやっぱりスキルは仕事していたんだと知った。  ハロルドさんがシエルくんを産むとき、人の体には大きすぎて自然には産まれず帝王切開した。そうなると、母体は助からない。それでもいいと、ハロルドさんは言ったそうだ。  その後、一命は取り留めたものの一年以上眠ったままだった。今こうして平和なママ会ができているのは、ガロンさんとハロルドさんの深い絆があってこそのことなんだ。 「マコトは自然に産めるんだよな? 初産もか? 大きさは?」 「確かに俺も初産の時は死ぬかと思ったよ。人族の赤ん坊を見た事ないから大きさわかんなかったけれど、確か4500gとかあったから」 「意外と小さいな」 「「えぇ!」」  グラースさんの言う事に、俺とハロルドは戦々恐々だ。 「アンテロで確か、5000g近かったな」 「そんなに大きかったんですか!」 「だがそれほど負担はない。獣人族の子はそもそも大きく育つから、大きな子を産めるような体の形になっている。少し大きめだったが、俺も体が大きなほうだし死ぬほどの負担にはならなかった。人族は確か、平均で3000gくらいだろ」  そうなんだ…。俺は少し遠い目だ。 「よいしょっと、それならいいよな」  ハロルドさんが椅子から立ち上がって、グラースさんのまだ腹筋逞しいお腹に触れる。そしてそこに、とっても優しい声で話しかけた。 『何事もなく、無事に産まれてきますように。そして、母子ともに元気でありますように』  それはハロルドさんのスキル「幸分け」が発動するときの声。同時に、彼が首から下げている砂時計の砂が、サラサラと大きく下へと流れ落ちて消えていった。 「ハロルド、いらん心配だ。お前はそれで大変な思いをしているだろ」 「今は平気。後でガロンから沢山幸せ分けてもらうからさ」  幸せを貰う方法。自分が愛されて幸せだって気持ちで心を沢山に満たす事。それが大事なんだって、ハロルドさんは言っていた。  とても素敵な事だし、それだけの愛情をガロンさんも示しているから、とても上手くいっているんだと思う。 「悪いな、ハロルド」 「なんの、こんなの全然…」  言っているそのハロルドさんの後頭部に、どこからか飛んできたボールが凄い勢いで命中する。彼はそのまま前につんのめって顔面を地面に強打した。 「うわぁ! ごめんなさいハロルド様!」 「母様ごめんなさい!」 「こら、ロアール!!」  茂みから犯人が飛び出してきて、俺はその頭に拳骨一つ。頭を抑えながらも自分が悪い事を自覚しているロアールは耐えている。その間にシエルくんがハロルドさんの側に駆けていった。 「大丈夫かな?」 「ダメだろうな。完全に伸びてる。マコト、運ぼう」 「グラースさんはダメ! 誰か来て!」  俺の声に屋敷の人が来てくれて、伸びたハロルドさんを室内へと運んでいく。それに付き添いながら、俺とグラースさんは笑った。 「早急に、幸福を分けて貰わないとならないな、あれは」 「ガロンさん、また心配しますね」 「いいさ、心配させておけ。これもまた幸せな事だ」  話を聞きつけたガロンさんが慌てて駆けてきて、ハロルドさんを抱えて帰っていったり、まだ遊び足りないシエルくんが屋敷に一晩お泊まりしたり、グラースさんを迎えにランセルさんがきて、なんだかんだ悪態をつきながらも手を繋いで帰っていったり。  どれも違う形だけれど、賑やかで素敵な愛情の形が見えて、俺も少しだけユーリスに甘えたくなった。そんな、とある1日だった。

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