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【日常】同郷の旅人(1)
シーグルと一緒に初めて国を離れて人族の国を旅していた。野営して料理をして、一緒に星を見て遊ぶのは本当にキャンプみたいだ。
そんな旅も折り返し。俺達は竜の国に戻るための峠越え、その一歩手前にキャンプを張った。
「母上、今日は何を作るんですか?」
「今日はカレーを作るよ」
そう言って俺はマジックバッグから大きな鍋を取り出して食材を出した。玉葱、人参、ジャガイモ、肉。
この旅ではシーグルも一緒に料理をしようと思って、出来合いの物は入れないようにした。だから旅の間、野営の時は一緒に作っている。
シーグルはユーリスに似てあまり料理が得意じゃないみたいだ。剣を握らせれば強いのに、包丁を持たせたら途端に不器用になって、ジャガイモがとっても小さくなったのには笑ってしまった。
それでもこの旅でそれなりに上手になってきた。包丁は苦手だから、野菜を洗って鍋をかき混ぜると、ちょっとションボリして言った時にはいじらしい感じがした。
「マコト、テントとタープの周りには結界を張った」
「有り難う」
「良い匂いだな。カレーか」
「うん」
材料を見てユーリスは楽しみという顔をしている。ジャガイモの皮むきをする俺の隣ではシーグルが人参の皮と格闘している。頑張れ。
そんなこんなで夕食作りをしていると、不意にユーリスが顔を上げて周囲を警戒する。鋭いその視線に、俺も少し強ばった顔をした。
「どうしたの?」
「まだ少し遠いが、モンスターの気配だ」
「え!」
俺はビクリと体を震わせる。シーグルも凜々しい顔をしてユーリスの前に立った。
「父上」
「位置も分かりそうだな。先に行って討伐しておく。ここにいなさい」
「あの、俺も!」
勇ましい10歳のシーグルはそんな風に言うけれど、俺は心配だ。この子も強いけれど、でもまだ10歳なんだ。
ユーリスはふわりと笑ってシーグルの頭を撫で、首を横に振った。
「少し大きそうだから、お前はここにいなさい」
「でも!」
「お前に、母上を任せる。母上を守るんだぞ」
そう言われたらシーグルも何も言えなくなってしまって、納得はしていないけれど動けない様子で頷いた。
「分かりました」
「頼む。マコトも、テントから出ないでくれ。直ぐに片付けてくるから」
「うん、分かった。ユーリス、気を付けてね」
そう言って、俺はユーリスの首に手を回して抱き寄せてキスをした。行ってらっしゃいと、無事でいてを乗せて。こんな事しか出来ないけれど、精一杯のお願いを詰め込んだから。
ユーリスが行ってしまうと、不安になる。祈るようにしていると、隣にシーグルが来て俺の手を握ってくれた。
「父上は強いから、大丈夫ですよ」
「うん、分かってるんだけれどね」
それでも怪我をさせてしまった。何よりこんな時、何もできない自分が辛い。
出会った時の思いが蘇ってくる。もっと、旅に役立てるスキルがあればよかったのに。せめて回復魔法とか使えれば、少しくらいは役に立てたのに。俺は、5歳のロアールが使える初歩の魔法すら使えないんだ。
「時々ね、無い物ねだりなんだけど思うんだ。俺にも魔法が使えたり、戦う力があればよかったなって」
「母上」
「勿論ね、俺の持ってるスキルが嫌ってわけじゃない。これのおかげで、俺はシーグルにも、ロアールにも、エヴァにも会えたんだ。でもね、こうして旅に出るとやっぱりすこし、歯がゆい時があるんだ」
ユーリスに言えば気にする。でも、久しぶりに感じる不安がそんな事を言わせてしまう。俺の弱い部分が曝け出されてしまって、そんな自分に自己嫌悪する。
シーグルがギュッと俺の手を握る。そして、ふわっと笑った。
「母上は、魔法でもスキルでも出来ない事を、してくれています」
「魔法でも、スキルでも出来ない事?」
「はい。この料理もそうです。母上の料理は美味しいだけじゃありません。俺や父上、弟や妹に幸せをくれます。母上の腕は魔法の腕です。不安や辛さを溶かして、優しくしてくれます。そういうことは魔法やスキルじゃ出来ません。母上だからできるんです。だから、そんな苦しい顔をしないでください」
「シーグル…」
俺はギュッとシーグルを抱きしめた。たった10歳の子供に教えられるなんて情けないけれど、同時に心が温かくなる。だから、これからも沢山返していこう。そう思えた。
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