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【日常】同郷の旅人(2)
しばらくそうして待っていると、近くの木々が揺れてユーリスが戻ってきた。そして、一人の男の人を連れていた。
綺麗な人だった。長い黒髪を背で一括りにした、どこか儚げな綺麗な顔の人。線も細いのに危なげもなくて、浮かべる表情はとても穏やかで優しい。
「母上、あの人怖い」
シーグルはギュッと俺の服を握って少し隠れるようにする。けれど俺は、そんな風には思わなかった。なんだか懐かしい感じがしたのだ。
「マコト、戻ったよ」
「おかえり、ユーリス。そちらの人は?」
視線を向けるとその男の人はとても丁寧に頭を下げる。いっそ、優雅って言える感じに。
「初めまして、誠さん。私は志輝 と申します。貴方と同じ異世界人です」
「異世界人!!」
俺の心臓は違う理由で高鳴った。10年こっちの世界にいて、俺は今まで異世界人に出会った事がなかった。だから嬉しいような、妙な興奮があった。
「あの、生まれは日本ですか!」
「えぇ、日本ですよ。誠さん…という音を聞いて、もしや同じ日本の方かと思って楽しみにしていました」
「わぁ! あの、いつこちらへ? っていうか、どうしてユーリスと?」
沸き起こる疑問や興奮を抑えられずにワタワタと聞いてしまうと、志輝さんは可笑しそうに優雅に笑った。
「モンスターを探して向かった先にいたんだ。雰囲気もどこかマコトに似ていたから話を聞いたら異世界人だと言うので、誘ったんだ」
「モンスターと遭遇したんですか! あの、大丈夫でしたか?」
俺じゃモンスターと対峙したら間違いなく負ける。だから心配したんだけれど、志輝さんはまったく問題ない様子で一つ頷いた。
「幸いにして、人より少し丈夫に出来ております。心配はありませんよ」
「実際、俺が行った時には彼がトドメを刺す直前だった。まったく出る幕がなかったよ」
俺はちょっとだけ凹む。同じ異世界人なのに、こんなにも違うんだ。そう思うとやっぱり自分が情けなくなってしまった。
「聞けばこの世界にきてまだ3ヶ月程度だと言うし、一人で野宿だと言うから誘ったんだ。食事だけでもと」
「私のような者が家族の団らんにお邪魔してもいいのかとも思ったのですが、久々に出会う同郷の方と話がしたくて、誘惑に負けてしまいました。少しだけ、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「はい、勿論です!」
俺は二つ返事で志輝さんを招き入れた。
でも俺の後ろでシーグルは怯えている。何をどうしてこんなに志輝さんに怯えているのか俺には分からなくて、そしてこんなにこの子が小さくなるのは初めてだから、ちょっと戸惑ってしまう。
「父上、あの…」
「ん?」
「その方、本当に大丈夫なんですか? あの…危ない人じゃないんですか?」
「え?」
俺は驚いた。シーグルは10歳ながら礼儀正しいほうだ。だから初対面の人にこんな事を言うなんて思わなかったのだ。
怒ったほうがいいのだろうか。そう思っていると不意に、志輝さんがとても鮮やかに笑った。
「賢い子ですね、貴方は」
「あの…」
「平気です。私に害意はありません。本当に、誠さんとお話をしてみたい、そういう好奇心だけですよ」
なんだか不穏。そうは思うけれど、俺はこの人から悪い印象を受けないんだ。
そう思っていると、志輝さんは俺に困った顔で笑う。ちょっと悲しそうに。
「誠さんはもう少し、危機感を持った方がいいですよ。貴方に接触する人間が本当に善人なのか悪人なのか、貴方はちゃんと見極めなければなりません」
「え? あの…」
「その子が抱く本能的な危機感は正しいものです。私の前職はね、殺し屋ですから」
「…え!」
俺の素っ頓狂な声は、森の中に響いて消えていった。
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