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【日常】同郷の旅人(5)

「それはアルファードでも出来ません」 「どうして!」 「出生に関わる薬を作る生命の木の大元は、天の神がいる天人の国にあるのです。そこの生命の木が弱っているから、出生率が下がってしまっているそうです」 「そんな…」  思って、でもそれなら木を元気にする方法を探さないと。まずは天人の国に行けないとダメだ。 「あの、天人の国に行くことはできないんですか?」 「…今は不可能です。天の神と地の神が喧嘩をして、その橋を一方的に閉じられ、天の神は岩戸隠れをしてしまったそうなのです」 「なっ」  なにそれ! 「本当に、バカな兄弟喧嘩でこのような事になって。呆れて物も言えませんね」 「志輝さんが仲裁する喧嘩って、もしかして…」  言えば、志輝さんは困ったように笑って頷いた。 「あの、どうやって」 「まったく手がないわけではないんです。その為に、私は自分のスキルの発動条件を整えなければならないのです。今は、その為の旅をしています」 「その発動条件って…」 「秘密です」  唇に人差し指を立てて「しっ」と悪戯な笑みを浮かべる志輝さんは、どこか妖艶にも映った。でもとても、悲しそうだった。 「大元の生命の木の力を受けて、地上の生命の木が実をつけます。それが命の薬の原料になるそうです。ですが天の神が岩戸隠れしたために、木に力が注がれなくなってしまった。その為に木が弱り、膨大な魔力に耐えられる核が作れなくなったようです。その為、魔力の高い種族から出生率が下がり始めています」 「あの、それならこのまま弱り続ければ、今は平気な種族もいずれ…」 「貴方は賢い人ですね」  志輝さんのそれは、俺の言葉を大いに肯定している。俺の背に寒気が走った。この世界は誰も知らない間に、ゆるやかに滅びへと向かっている。  ふわりと、志輝さんが俺の頭を撫でた。とても心配そうに。 「あの、俺は特殊なスキルがあって子供ができます。でも、俺の周囲でもそんなスキルなくても子供を授かった人が沢山います。それは、どうしてですか?」 「その人達はとても強い愛情を持って子を望んだのでしょうね」 「え?」 「命の核を守るのは、双方の深い愛情だと聞きました。核の色が濃くなればなるほど、愛情が深い証拠です。その両親の愛が核を守り、膨大な魔力を持つ種族間の結びつきで注がれた力に耐えるのだと」  確かにママ会で話していても、薬の色が濃い時に上手くいっていると話していた。俺もそうだから分かる。それが、結びつきを強くしているのはこういう理由だったんだ。 「それでも上手くいく確率は下がっています。大元の問題を解決しなければこの世界は閉じて行きます。アルファードに出来た事は、そうした種族に長い寿命を与え、その伴侶の寿命を長い方に揃える事だけだったそうです。可能性を残す為に」 「あ…」  それじゃあ、俺がユーリスと長い時間を生きられるのは、その魔王さんのおかげなんだ。その人が祝福してくれなかったら、俺は一人で死ななきゃいけなかったんだ。 「誠さん?」  俺は泣いていて、改めて志輝さんの手を握って小さな声でずっと「有り難う」を言っていた。志輝さんは俺の気持ちを察してくれたみたいで、ただポンポンと背中を撫でてくれた。 「少し、時間はかかるかもしれません。それに、間違いなく仲裁できるかは分かりません。でもいつか、滅びの危機にある種族の間でも沢山の子が生まれてくれるように、力を尽くしてみます。それが私がこの世界にきた理由だと思いますから」 「あの、どうしてそこまでするんですか?」  聞けば、志輝さんは幸せそうに優しく笑う。少し遠く、誰かを思うように。 「初めてだったのです。こんな私を必要だと言ってくれた人は。何も要求されず、押しつけられず、私である事を尊重したうえで大切に包むように慈しんでくれた人は」 「志輝さん…」  寂しい中にも嬉しそうに微笑む人は、恋をしているように見える。愛した人がいる、そんな顔。俺だって分かるんだ。俺にも、愛した人がいるんだ。 「誰にも求められず、疎まれて、命すら使い捨てだった私を必要としてくれた人に、私は何かを返したい。それに、これが私がこの世界に来た理由なら、やってみたいではありませんか。疎まれた者がこの世界を救うのですから、なんだか楽しくはありませんか?」  これが志輝さんの理由。俺はその強い気持ちに、俺にはない決意を感じて頷いた。  その時、少し遠くで大きな音がした。志輝さんはそちらを睨み付けて立ち上がる。それとほぼ同時に、ユーリスが駆け込んできた。 「マコト、モンスターが側にいる。討伐してくるからここで…」 「いいえ、そちらは私がゆきましょう。せっかくの家族水入らずの時間に、そう長く他人がいては申し訳ありません」  ゆっくりと離れていこうとする腕を、俺は知らずに引いていた。なんだか悲しくて、寂しくて、手を離してはいけない気がしたから。  志輝さんはゆっくりと微笑んで、俺の手を下げさせた。 「誠さん、今日は楽しかったです。この世界で私と同じ同郷の方にお会い出来るとは思いませんでした。有意義で、温かな時間でした。有り難う」 「あの!」  言いかける俺の唇に人差し指を置いてニッコリと優しく微笑んだ人は、不意に体を寄せて俺の耳に囁きかけた。 「私の特殊スキルは、「死神」というものです。ユーリスさんが知っているはずですから、後でこっそりと聞いてみてください」  それだけを言って、志輝さんはヒラヒラと手を振って闇の中へと消えていってしまった。俺はその背中を追いたいのに、引き留めたいのに、拒まれているようでできなかった。  後でユーリスに聞いてみたら、「死神」というスキルはとても特殊で、発動に条件が必要なのだという。その条件は百の命を狩る事。ようは、百のモンスターを討伐することらしい。  そうして得られる発動スキルはただ一つ。死後、この世界の神に会うことができる。  この出会いから5年以上の歳月が流れて、俺もこの出会いをどこかで引っかけながらも思い出の中に入れてしまったくらいの時、不意に手紙が届いた。 「あ!」  魔法で届いたその手紙には流暢な文字でたった一言添えてあった。 『少しずつではありますが、貴方の願いは叶いますよ。もう、憂える必要はありません。この世界の未来は、明るい方向へと向かいます』  最後に添えられた「志輝」の名に、俺は知らずに涙が流れた。危惧種と言われる人達の憂いを思うばかりではない。優しい人がどこからか、この手紙を送ってくれた。それがとても嬉しくて、心の底から安堵したのだった。

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