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【ガロン】幸運の女神に愛を囁く(1)

――ぼくね、ガロンおじちゃんのおよめさんになる!  親友ユーリスの3人目の息子に、そんな告白を受けたのがあの子が4歳の時。町に出て迷子になり、不埒な男があの子に手をかけたのを助けた時だった。  自分の息子よりも幼い子の、キラキラとした瞳がそんな事を言うのを、当時はこそばゆく感じて笑っていた。幼い子が怖い思いをして、それを助けた人に憧れを抱く。そんな拙く淡い思いなのだろうと思った。 「そうした事は、大きくなって大事な人に言うものなのですよ、エッツェル」  幼い子の頭を撫でながら、私はいつしか忘れるだろう思いだと笑っていた。  時がたって、私は突然の来訪者に驚いた。身一つで尋ねてきたのはユーリスの3番目の息子、エッツェル。年齢は160歳となっていた。 「ガロン小父様、お会いしたかった!」  そう言って首に飛びついてきた子をどのようにあしらえばいいのか、私は分かりかねた。無下に振り払う事も出来ないし、だからと言って抱きしめてやることもできない。  結果腕は情けなく空を彷徨い、言葉をかけてやることも出来ない。 「もぉ、小父様ったら相変わらず奥手だな。こういう時は抱きしめて、キスの一つもするものだよ。ほら、こうやって」  そう言うと、エッツェルは私の頬に唇を寄せる。これが余計に困惑させるのだ。  ユーリスの息子エッツェルは、今一番人気のある王子だろう。長身で、目鼻立ちがはっきりとした美貌を持っている。性格は明るく屈託なく、誰とも距離を置かない。それでいてまっとうに生きているのだ。  最近では竜人族ばかりではなく、魔人族にも求婚されたと噂があった。彼もまた母親であるマコトさんのスキル「安産」を継承している。そういう事情もあるのだろう。  最近では子の数が増えた。かつては絶滅危惧種とまで呼ばれた竜人族は緩やかにその数を増やしている。大人ばかりだった町には子供の声が混じり合う。そういう微笑ましい光景が広がっている。  それでもスキル「安産」は魅力的らしい。安心して子を産んで貰える事は王侯にはやはり輝かしく映るのだろう。 「ガロン小父様、僕の告白覚えてる?」  なおも首に腕を回し、誘惑するように誘いかけるエッツェルは微笑む。少年の色香を最大限にして誘いかけてくる。 「告白、と言われましても」 「あっ、その顔は冗談だと思ってるんでしょ。酷いな、僕は4歳の時から小父様に愛を囁いているのに。小父様はいつも困った顔をして」  拗ねた子供と同じく、僅かに愛らしい頬を膨らませたエッツェルは怒っている。その目は一切の遊びを含んではいなかった。  4歳の時分、この少年をたまたま助けた事を切っ掛けに、この子は私に愛を囁くようになった。小さな時には拙い言葉で「しゅき」と言い、少し大きくなると「小父様のお嫁さんにして」と懇願し、最近では「僕が叔父さんの子供、沢山産んであげるよ」と、妙に艶めかしい事を言うようになってきた。  これにはユーリスも困ったようで、膝に乗って体を絡め誘うエッツェルを叱り、下がらせる事も度々あった。そしてその度に「すまない」と、私に詫びていた。  私はまだいい。自身の子よりも下の子供を庇護として可愛がる気持ちはあっても、そこに体を交えるような肉欲は到底持てない。  だが私の妻は少し違う。彼は何やら私に負い目があるのか、何かを言いたそうな顔をしてもグッと飲み込んでしまう。  私の妻、ハロルドは人族だ。元は末の王子だったが、彼の特殊なスキルが彼をそこから追い落とした。実の兄に命を狙われ、傷を負って国を出ざるをえなくなったのだ。  その原因は私にある。彼と知り合い、話をして、私がつい余計な事を話したが為に彼は私を慰めた。「素敵な奥さんと、子供に恵まれる」そう言って慰めた。  それが彼の特殊スキル「幸分け」に引っかかり、彼の幸せは空になるほどに減り、そのぶんだけ大きな不幸が襲うようになってしまった。  傷ついた彼を抱えて国に戻り、私は彼を幸せにしたいと願った。私の為に不幸になる者を、どうして放っておける。  それに、私は徐々に彼を愛し始めていた。どんな逆境の中でも笑顔を忘れず、前を向ける彼の強さに惹かれていた。  そんな彼との間に子が出来て、一人浮かれた私は後悔した。人族の小さな体で大きな竜人族の子を産む事は大変な難産だ。あまりに嬉しくてそれを失念してしまった。  結果、子は無事に産まれたもののハロルドは深く傷ついて出血が多く、瀕死となってしまった。祈るように毎日を過ごし、毎日生きていてくれるかを確かめるようにしていた。  黄金竜は幸福の竜。私の幸せを分けてあげたい。その願いが通じるように、1年後ハロルドの幸福は大きく満たされ、その力で目を覚ました。  だから、私に子は1人しかいない。  息子シエルベートはスクスクと育ち、美しくたおやかになった。少々気の弱い部分はあるが、その分優しい子供だ。そろそろ相手を探し始めてもいいのかもしれない。  思って言えば困ったようにはにかんで、「まだ早いです」と笑う。あの顔は誰か思い人がいる。そう思うからこそ、それ以上は言わずに「そうか」と笑っている。  だが結果的に黄金竜の王家は息子シエルベートと私だけ。父はしきりにもう一人くらい欲しい。そう言っているが聞き入れるつもりはない。  私は妻を愛しているし、その妻を裏切るような事はしたくない。  それでも押しの強い父が何かしらを言えば、繊細な妻は辛そうにしながらも笑みを浮かべて「まぁ、そうですよね」なんて愛想笑いをするのだ。 「エッツェル、今日はどうしたのですか?」 「どうしたんだって…お見合いだよね?」 「え?」  黒い瞳を驚きに丸くしながら、エッツェルは私の顔を覗き込む。私にとっては寝耳に水で、何の聞き間違いかと本気で疑った。 「誰のお見合いですか?」 「誰って、僕と小父様のお見合いだよ」 「そんなの聞いていません! 誰がそんな事を」 「ギーニアス様だけれど」  出てきた父の名前に、これほど怒りを覚えた事はない。私は立ち上がり、城の奥院へと走り出していた。

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