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【ガロン】幸運の女神に愛を囁く(2)

 奥院の、更に奥。そこに、引退した父はいる。私はその扉を思い切り開け、今にも食いかかりそうな顔で睨み付けた。 「父上! いったいどういうことです!」  咆吼かと言わんばかりの声に、老齢となった父は怯えた顔をする。もうこの人は私を押さえつける力を持たない。王の座も譲ってしまった今、私が優勢だ。 「なんのことだ」 「エッツェルの事です! お見合いだなんて、いい加減にして下さい!」  かつて妻と子を持つ前の事を思い出す。好みでもない相手と無理矢理娶せられ、薬を盛られて興奮させられて交わりを強要されていた日々。  妻と子を得てそれは止めさせた。父も息子に跡取りが出来た事で溜飲を下げたはずだった。  父は素知らぬ顔をする。とぼけようとも許す事はできない。妻を侮辱し、まだ少年の域を出ない子供を誑かしたのだ。  一歩前に出ると座っていたソファーから立ち上がり逃げを見せる人を、私は結界の中に閉じ込めた。 「どういうことです」 「わっ、わしは何も」 「嘘を言うな!」  怒りのままに吠えれば、父は小さくなる。そして震えながらも相変わらずの強引さで逆ギレを始めた。 「お前とてまだ若いだろ! なのにあの嫁は一人しか子を産まん! ここは若い嫁をもらって更なる子を残す事が王家の為になるではないか!」 「血を繋げる為だけのそうした行いを私が嫌う事を、どうして理解しないのです!」 「良いではないか! ユーリスの子は皆が安産のスキルを持っておる! しかもあの子はお前を好いているではないか! こんな条件を満たす相手などそうはおるまい!」 「私と妻と息子の気持ちを考えているのですか! 侮辱するのも大概にしてください」 「あんな役立たずの嫁など…」  言いかけた父の口を、私は強制的に閉じさせた。恐怖に見開くその目を近くに見て、心の奥底が冷え切るのを感じる。その冷気が、父の足元を凍らせた。 「今、なんと?」 「あぁ、いや…」 「なんと言いましたか?」 「わしは何も…」  視線を逸らし、逃げようとする父を私は解放した。それと同時に、私は人を呼んでいた。 「どういたしました、陛下」 「コイツを端の屋敷に連れて行き、人を付けて見張らせておけ。二度と、私の目の前に立つ事は許さない」  呼びつけられた兵士は困惑したが、長年私の側についてくれていた側近は溜息をついてテキパキと動いてくれる。「とうとうこうなったか」そんな様子だった。  これで邪魔は一つ減った。だが問題はエッツェルの方だ。あれは頑固だし、誘いかけたのが父ならば罪はない。気持ちは真っ直ぐな好意なのだろうから、そこを傷つけたくはない。  思い悩んでいれば、廊下にハロルドがいた。 「どうしたのですか、ハロルド」 「あぁ、ガロン。あの…さぁ…」  また、何か思っている。なのに言えないままでいる。そんな事を思う表情に、私は歯がゆくてならない。  こんなにも愛しているのだから、どうか不安な顔をしないでもらいたい。そう願っても、なかなか届いてくれない。 「どうしましたか?」 「…今、謁見に来てるのって、エッツェルだろ? その…何の要件だったんだ?」  伺うような視線は、だが完全に疑っている。当然だろう、ハロルドはマコトさんの友人で、よくお茶を飲みにいく。だから産まれた時からエッツェルの事を知っている。何度となく私に囁くあの子の愛の言葉を聞いているのだ。 「少し顔を見せに来ただけですよ」 「そう、だよな!」  多分、納得していない。それでも明るく振る舞って、自分を殺そうとする。私は逃げてしまいそうなハロルドの手を取って、胸に抱いた。 「少しお話がしたいのですが」 「…ごめん、ちょっと疲れてるんだ。また今度な」  そう言って、するりと私の腕の中から逃げてしまう。ハロルドよりも力が強いはずの私は、いつもこの手を強引に引き寄せられずに離してしまう。  抜け出てそのままこぼれ落ちてしまう、そんな不安をどこかで感じていた。

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