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【ガロン】幸運の女神に愛を囁く(3)
謁見の間に戻ってくると、エッツェルは所在なげにしていた。頼りなく、心細そうに。
だがその黒い瞳が私を捕らえると、途端に安堵の笑みを浮かべるのだ。
「小父様」
「エッツェル、今父に確認を取ってきました。何かの手違いだったようです。申し訳ありませんが、今日の所は戻ってもらえませんか? 後日ちゃんと、お詫びと埋め合わせをしますから」
穏やかにそう頼み込んだ。すると、幼い顔は悲しみと苦しみに歪み、伸ばしかけた手は胸の前で引っ込んだままになって立ち尽くしてしまった。
「エッツェル?」
「僕じゃ、ダメですか?」
「え?」
途端、ポロポロとこぼれ落ちていく涙が床を塗らす。驚いて駆け寄れば、少年の腕が私を捕らえて強く抱きしめてきた。
「僕、小父様の役に立ってみせます。ハロルド様とも仲良くします。僕、ハロルド様の事も好きだから、平気です」
「エッツェル」
「決して、ハロルド様との仲を邪魔しません。一番になろうとしません。子供、沢山産みます。だから…」
「エッツェル!」
私は体を離して、彼を見た。
大きな瞳から沢山の涙をこぼす様は少年のままだ。大人の顔をしていても、その心は幼いままだ。そんな子が、なんてことを言うのだろう。まるで子を産むためだけに嫁ぐ。そんな言い方ではないか。
「好きなんです」
切々と紡がれる言葉が痛い。あまりにそれは切なくて、苦しい声だ。
「幼い子供の言う事だと、笑うかもしれないけれど。でも、僕は本気なんです。本気で、ガロン様の事を好きになって、ずっと追いかけてきたんです」
幼い日の告白を、子供の戯言と取った私とは違ったのだろう。彼は真剣だった。そしてその一途な思いは今もまだ、続いているのだ。
「都合のいいものでもいい。必要としてくれるならそれでいいんです。側にいられる為なら、何だってします。だから!」
抱きついて、思いの丈をぶつけるように唇を重ねられる。それを受けながら、私は確信する。この思いを受け取る事はできない。
ガタンッと、音がした。慌てて振り向けば、青い顔をしたハロルドと目が合った。逃げるように踵を返す彼を、私は慌てて追いかけた。
どれほど逃げようと人族の彼に追いつくのはわけない。私は捕まえて、強引に引き寄せた。
「ハロルド!」
顔色もなく、それでも誤魔化そうと笑う姿に苛立つ。
「あの、俺しばらく国に戻るわ」
言って、逃げようと肩を逸らそうとするが離さない。より強く握る腕が痛むのか、綺麗な瞳が僅かに歪んだ。
「帰る国などないでしょ」
「あ……」
都合が悪い。そんな顔をする。
どうして彼は私の愛を疑うんだ。どうして受け取ってくれない。言いたい事があるならはっきりと言ってもらいたい。私たちは夫婦なんだ。
「ハロルド!」
「あの子、良い子じゃん。それにスキル持ちだ。若いし、いいと思う。俺の事は気にしないでさ、貰えよ」
「…本気で言っているのですか?」
「…本気だ」
ならばどうして目を見ない。逃げるように俯ける!
強引に奪うようにキスをした。抗議の言葉も飲み込むように舌を差し込み、グチャグチャに絡めていった。逃げる事を許さず、目を逸らすことも許さず、息も出来ぬほどにかき抱いた。
「言いなさい、何を思っているのです」
「あ…」
「私は貴方だけを欲したのです。私は貴方を愛しています。貴方は、私の事など愛していないのですか」
突きつけるように言えば、見る間に瞳に涙がたまって落ちていく。強がりな妻の心が決壊した、その証拠だった。
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