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【ガロン】幸運の女神に愛を囁く(5)

 その後すぐに、凄い剣幕で城に来たマコトさんは何を言うよりも前にエッツェルの頭を拳骨で殴って怒鳴りつけた。 「何考えてんだ、バカ息子!!」 「はっ、母上ぇ」 「大好きだって言うなら、どうしてその人の幸せを壊すような事をするんだ! そんなの愛情じゃない!」  普段花も綻ぶようなたおやかで優しい人が凄い剣幕で怒るというのは、かなりの衝撃映像だ。私もハロルドも驚いて固まっていると、向き直ったマコトさんは地に膝をついて深く頭を下げた。 「ごめんなさい、ガロンさん! ハロルドさん! うちのバカ息子がとんでもないバカな事をして」 「あぁ、いいえ」 「マコト、もういいから」 「本当にごめんなさい!」  マコトさんの方が小さくなって謝り倒すのを隣で見て、エッツェルは酷くションボリと項垂れた。 「別に、二人の仲を切り裂いたり、邪魔したかったわけじゃないもん」 「エッツェル!」 「だって、好きなんだもん! ダメなの? ガロン様とも、ハロルド様とも上手くやるよ! だから!」 「お前はちゃんと分かってない!」  マコトさんの怒声が、更にエッツェルを小さくしていく。 「お前にその気がなくたって、誰かが入った事で壊れてしまうものだってあるんだ」 「そんな!」 「じゃあ、もしも俺がいるのにユーリスが新しい若い奥さんを連れてきたら、お前は受け入れられるのか」  言われて、エッツェルはハッとしたようだった。泣きそうに下唇を噛んで、ふるふると首を横に振っている。  その頭を、マコトさんは慰めるように撫でて、「分かれば良い」と言った。 「すまない、ガロン。うちのバカ息子が世話をかけた」 「ユーリス」  事が落ち着いたのを見て入ってきたユーリスが、苦笑して私に頭を下げる。それに、私も苦笑した。 「エッツェルは少し国から離す。アレは少し盲目過ぎるしな」 「そんな事は! もとはと言えば父が画策し、彼を誑かしたのです。国から出すなんて、そこまでの事は…」 「それでも、ホイホイと乗ったのはあいつの軽率さだ。相手の心を察せられず、自分を押しつけるばかりで周囲の忠告も聞かなかったのはあいつの落ち度だ」  そうまで言われてしまうと、おそらくユーリスの中ではもう決まっているのだろう。気の毒な事ではある。だが、手を取れないなら中途半端に情けなどかけるべきではない。それはエッツェルにとっても苦しい事で、ハロルドにとっても裏切りになる。 「丁度来週、黄昏の国から王妃殿下が遊びに来る。彼に任せて、一年ほど留学させてみようと思う」 「黄昏の国?」  この世界の中心にある閉鎖的な国は、あまりに未知の領域だ。どうしてそのような国の、しかも王妃と知り合いなのか。疑問に思えばユーリスは簡単にその秘密を明かしてくれた。 「あちらの奥方も、マコトと同じ異世界人なんだ。以前ちょっとした縁で会話する機会があってな、あちらも懐かしいらしく時々マコトを尋ねてくれている」 「そういうご縁でしたか」  なるほど、縁とは妙な所で繋がっている。彼の国も昔ほどの閉塞感はなくなったと聞くし、この気持ちを切り替えるには良いことなのかもしれない。 「後日改めてお詫びにくる。許してやってくれるか?」 「えぇ、勿論」  おかげで、ハロルドの心を聞くことができた。ガロンは未だに泣く幼い少年の未来に幸がある事を願うばかりで、あえて声はかけずに送り出した。

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