60 / 162

【イカレ竜】甘味処「スイート&ビター」(1)

 黒龍王都の大通りを少し離れた小さなスイーツショップは、今では客の絶えない有名店になっている。数席の座席は常に満席、持ち帰りのスイーツもほぼ余る事がない。  ここを切り盛りしているのは、気の強そうな若い黒龍の女性だった。 「美味い」  黒龍王都にきていた俺は、噂のスイーツショップの中にいる。本日定休日だというのに、ここの店主と二人で顔をつきあわせていた。  ここ、甘味処「スイート&ビター」はマコトの娘、エヴァが切り盛りをするスイーツショップだ。元はマコトの両親が営んでいた宿兼食事処だったのだが、年老いた事で店を閉める話があり、それならと始めた店だそうだ。  俺は月に2~3度、こうして休みの日にこの店に来る。それというのも、彼女への協力の為だ。 「だが、せっかく新鮮な果物を使っているんだからそこをもっと前に出していいと思うぞ。コンポートにするのは勿体なくないか?」 「そうなのよねぇ。うーん、迷ってるのよ。でもコンポートにしても美味しいし…」 「店に出す皿に、別添えしたらどうだ? あと、アイスに添えてもいいだろ」 「ナイスだわ、グラース様! やぁん、やっぱりお願いして間違いなかったわ」  嬉しそうに手元のノートに俺の提案を書き込んでいくエヴァは、とても活き活きした顔をしている。  マコトの娘エヴァは実に美しく成長した。マコトに似た大きな黒い瞳は好奇心や喜びにキラキラと輝き、長くたゆたう黒髪は腰の辺りまである。女性にしてはスッキリとした輪郭をしているが、そこはユーリス譲りだろう。鼻梁も通り、頬や唇はバラ色だ。  これで姫らしい格好をすればそれこそ男は放っておかないだろうが、あいにく彼女は女性らしさよりも豪気な性格だ。この細腕でレイピアを極め、自在に馬を操る女性はとても凜々しいものだ。  そんな彼女の唯一の女性らしさが、マコトから引き継いだ料理の腕前とレシピだろう。 「季節のジェラートは洋梨にしようと思ってるのよ。まだ試行錯誤なんだけど、出来たら試食してくださいね」 「あぁ、勿論だ」  次の季節のジェラートは洋梨か。それは実に楽しみだ。  俺が彼女の店に通うようになって、エヴァは新作スイーツの試食を頼むようになった。それというのも俺が一番こうした事に意見を言うからだそうだ。  俺もまったく問題ない。むしろ有り難い。新しい美味しいスイーツを食べられるんだ、何の問題がある。 「ブラウニーも味を変えたのか? チョコの配合が代わった。ミルク系を抑えて、ビターを増やして…洋酒も使ってるな」 「うわぁ、ますます惚れますわ。そう、そうなのよ! これを買うお客さんって、男の人が多いみたいで。だからより男の人が好みそうな物に改良してみたのよ」 「子供は好まないのか?」 「子供って、見た目に華やかな物が好きみたいでね。ブラウニーは地味だから大人の人ばっかり。その中でも男の人が好むみたいだから」  そうか、勿体ない。彼女の作るチョコレートブラウニーは実に美味しい。チョコレートの配合もバランスがいい。紅茶ばかりではなくお酒と食べてもいいのに。 「俺は好きだ。ターゲットを絞るなら、それでもいいと思う」 「本当!」 「あぁ」 「今度、母上から『あんみつ』っていうスイーツも教わる約束なのよ。店舗で食べる限定だけれど」 「どんなものだ?」 「冷たいスイーツで、あんこと白玉と寒天と果物を入れて、黒蜜をかけるそうよ」 「なに!」  聞き捨てならん、なんて美味そうだ。

ともだちにシェアしよう!