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【日常】ある日のシキ(1)

 毎朝目が覚めるのは、日が昇って少ししてからの事。起き上がり、隣で未だに眠る愛しい魔王の寝顔を十分に堪能するのが、まず最初の幸せです。  私の旦那様、魔人族の王アルファードはとても端正な顔をしています。  綺麗なラインを結ぶ顔立ちに、少し彫りが深いのですが、濃くは感じません。適度なんでしょうね。肌の色は浅黒く、彫刻のような肉体に長い黒髪を纏わせて眠る姿は美しいと思います。  暗殺を生業としてきた私の隣で、このように無防備に眠る人は今までいませんでした。大概が翌日冷たくなっていましたからね。したのは私ですが。  性すらも武器として生きてきた者にとって、こうして毎日隣にある温かな存在というのは貴重です。  この人は、初めて私を必要としてくれた人。私に「愛している」と言ってくれた人です。  産まれた事すらも秘匿とされ、戸籍もなく、死のうが生きようがそもそもの存在すらも認められていなかった私は、この異世界で初めて人としての扱いを受けました。  何でも無い事に驚き、戸惑う私にアルファードが戸惑っていましたね。  だからでしょう、私はこの人の為に生きたいと、初めて人らしい感情を持ちました。  当時この人にはとある呪いがかけられていました。愛した人と子を結ぶ時、その子を宿した母体は子を産むと同時に死ぬ。しかも、凄惨な死です。  私もまさか心臓を握り潰されるような死に方をするとは思いませんでした。貴重な体験でしたね。  その呪いを知らず、最初の伴侶と死に別れ、同時に子まで失った人を半分脅すような形で子を産んだ私は、死んで呪いの元凶となった人と会うことができました。  その人は天人族の祖である神。アルファードの対となる人でした。  どんな堅物かと思えば、とても弱く優しい人で、思わず感情のままに呪いをかけてしまったがために解きたくても解けないと泣いていました。  感情の複雑さがそのまま呪いの複雑さとなり、込めた感情の波がそのまま呪いの強さになってしまった。  しかもアルファードも最初の伴侶を亡くした時に怒り任せにこの人の肉体を吹き飛ばしてしまったらしく、体の再生が追いつかなくて表に出る事もできない。  神の領域でエグエグと泣く人を宥めて、一緒に絡まった呪いを解いてようやく、二人の神は和解しました。  私の今の体は、元々が天の神が自らの器として再生させていた肉体です。それに私を移して、今現在アルファードの側にいることが叶っています。  懐かしい思いに微笑み、つんと頬を指で押すと、アメジストのような瞳が薄らと開いて私を見つめる。スッと差し伸べられる手に身を任せて抱き寄せられ、触れる唇の優しさに甘えていられる。これも、毎朝の幸せ。 「早いな、シキ」 「ふふっ、そうですか? おはよう、アル」 「あぁ、おはよう」  するりと額にかかる髪を払い、雄々しい金の角に触れる。根元が気持ちいいのか、撫でると精悍な瞳が薄く細められ、もう一度、今度は深く口づけを受けた。 「朝から誘い込む様なことはしないでくれ。欲しくなる」 「朝議ですよ」 「分かっている。だが、そのように角の根元ばかりを撫でられるとたまらない。そういうのは、夜に頼む」  濡れたような声音は実に魅力的で、朝議が二時間後でなければこのまま抱かれるのもいいのですが…さすがにね。  その分たっぷりキスをして、舌を絡めて受け入れて、これで今朝はお預けとしましょう。 「まったく、悪い子だ」 「時間があるときにたっぷりとお相手しますよ、アル」  苦笑したアルファードに微笑みかけて、私は手早く支度を調えた。

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