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【日常】ある日のシキ(2)

 アルファードが執務をしている間、私は基本的には暇になります。一応は王妃ですが、そもそも私が国政に関わるような事はあまりありません。関わるとすれば、違う方面なのです。  こんな時は大概、メインストリート沿いにあるアパートへ行きます。そこの屋上には引退した元高官、もとい私の事で手を焼いてくれたお節介な人が住んでいて、私が行くと困りながらも受け入れてくれます。 「シキ、お前は人の身で闇を通って移動するな。万が一戻ってこられなくなったらどうする」 「平気ですよ、ランス。もしそうなったら、愛しの魔王様が見つけてくれますよ」  表を歩くのも面倒なので、私は魔人族と同じ移動方法をよく使います。空間に穴を空け、繋げたい場所へと繋いで移動するのです。  私には元からあった暗殺技術の他に、この世界で闇魔法に対する絶対的な能力が備わりました。ですのでコツを掴めば究極値の闇魔法を使えるので、何かと重宝しています。  ランス。正式名称はランスロットという白髪の麗人は、整いすぎて冷たい印象すらもある人です。この人も複雑ですが、それはいいでしょう。 「実はお土産があるのですよ。昨日、竜人族の友人とお茶会がありましてね。余ったスイーツをもらってきましたので、お茶にしませんか?」  言えばピクリとランスが動く。彼はマコトさんのスイーツの美味しさを知っていますからね。その稀少さも。  竜人、黒龍族の王妃をしているマコトさんは、私と同じ異世界からの住人です。  私がまだアルファードの呪いを解くために奔走していた頃に偶然知り合い、懐かしさからあれこれ話してしまいました。そこで互いの事を知り、私を案じてくれたのが切っ掛けで、今もお茶会に呼んでくれるのです。  程なく庭先でお茶会となり、目の前には沢山のスイーツが並びます。  本日はフルーツタルト(オレンジ&グレープフルーツ)に、ブラウニー、紅茶のシフォン、苺大福です。彼は本当に器用で、料理が上手です。最近スイーツ好きのママ友、グラースさんの影響もあってかますます腕を上げています。 「本当に美味しい」 「伝えておきますよ」  これを言えばきっと、彼はまた喜ぶのでしょうね。  お茶を飲みながらスイーツを食べ、それとない話をしている。その中でふと、ランスは気になる事を言い始めた。 「国境の森が、騒がしいのですか?」  問えばランスは少々複雑な顔をして頷いた。 「ヴィクトールの話では、B級ではあるものの大型種と中型種が蠢いているそうだ」  ヴィクトールとは、この国の対モンスター討伐部隊を預かる男です。  穏やかで紳士的な者の多い魔人族の中において好戦的で怠惰で誘惑的。けれど私は彼の事を気に入っています。なぜなら彼は元、私の仕事上のパートナーですから。 「久しぶりにやりますか」 「出るのか?」 「それを期待して、ヴィーは貴方に情報を流したのでしょう」  くすりと笑い、私はお茶会のその足で魔人族の軍本部へと足を向けた。  争い事を嫌う魔人族ですが、その周囲はそういうわけにはいきません。ここは闇の魔力が溜まる場所。それに引き寄せられるように闇属性を持つ強いモンスターが結構な頻度で出るのです。  軍は二つ。街の治安を守る街警と、街の外に出るモンスターを討伐する部隊とです。街と森との間には障壁があり、滅多な事では街に被害が出ることはありません。  私が用のある人物はこの、モンスター討伐部隊にいます。  夜番の者が多くいる軍本部で、私はその人物を見つけた。  緩い黒髪に、同色の羊のような角を持つその人物は実に色気のある顔をしています。少し垂れた紫にピンクを混ぜたような色合いの瞳が私を見ると、形のよい唇をニヤリと笑みに変えた。 「久しぶりだねぇ、シキ」 「えぇ、久しぶりですねヴィー」  そこそこの長身で、細く引き締まった彼は楽しそうな笑みを向けてくる。怪しい色気ダダ漏らしの彼こそが、ヴィクトール。モンスター討伐部隊の中隊長をしている男です。淫魔の血が入っているらしく、色欲そのままの感じがします。 「情報はやいねぇ」 「そのつもりで、ランスに漏らしたのでしょ?」 「うん。さすが、シキはわかってる。それでぇ? 手伝ってくれるのぉ?」  間延びするような緩い話し方とは裏腹に、ヴィーの視線は鋭い。それに私も頷いた。 「勿論、手伝いますよ。そのつもりで来ましたから」 「助かるなぁ」 「ではその前に、ベリーの所に挨拶に行きますよ」  この魔人族の軍の軍事総長であるベリアンスに一言挨拶すべく、私はヴィーを伴って行くことにしました。

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