80 / 162
【日常】ある日のシキ(3)
その夜、掃討作戦が決行された。事前にモンスターを1匹狩って、その死体をそのまま放置することで多くをおびき寄せる。血の臭いに誘われたモンスターが集まってきているのを、斥候の者達が伝えた。
「大型種4匹、中型種6匹を確認しました」
「囲んで結界張って。外に出さないようにだけ頼むよ」
緩い声で指示を出すヴィーの背後で、私も武器を手に馴染ませる。久々に触れる刀の感触はいいものだ。
「楽しそうだねぇ。シキ、戻ってくればいいのに」
ニヤリと笑うヴィーに、私も同じように笑う。確かに心は躍るのだが、心配そうに眉根を寄せて出迎えるだろう人を思うと同意出来ないのが本心だ。
「王妃なんてつまらないでしょ? 戻ってきてくれると、僕も楽ができるんだけどなぁ」
「確かに退屈なんですけれどね。でも、アルが悲しむ事はできるだけ避けたいんですよ」
「じゃあ、今日は?」
「緊急事態って事にしておきますよ」
悪い笑みを互いに浮かべ、私はヴィーと一緒に結界の中へと入った。
中は既にモンスターの巣窟となっていた。ただ、まだ低級が多い。
「さすがに多いねぇ」
「散らしますよ」
言うが早いか、私はアンデッドモンスターの群れの中へと走り込んでいた。
抜いた刀は昔に使っていた物を模して作ってもらったもの。日本刀と同じく切れ味がよく、滑らかに刃が滑る。
同時に闇魔法を付与した刀は切ればそれだけでアンデッドを塵にする。少し離れてヴィーも同じように戦っている。
彼の戦いはとても優美で綺麗だと思う。指先から微量の魔力を糸のように編み上げ、それを絡めて切り刻む。自在に動かせる糸は強度も張りも自由にできるらしい。
闇夜に僅か、紫の煌めきがたゆたう光景は殺戮の場面でもどこか幻想的だった。
場はあらかた片付いた。誘われて現れた中型種も始末して灰にした。既に大型種も3体始末し終えて、残るは1体という所だった。
「鈍ってないよねぇ、シキ。ほんと、手伝ってよぉ」
「また増えたら手伝いますよ」
「普段もやってくれると楽ができるんだけどなぁ」
「では貴方がアルの相手をしますか?」
「…やっぱ、いいやぁ」
心底面倒そうな顔をしたヴィーに、私は笑う。そんなに面倒な相手ではないと思うのだけれど、ヴィーは苦手らしくてあまり関わりたがらない。ランスを通して知り合いのはずなのに。
その時、森の奥からズシィィンという重たい音がした。明らかに他のアンデッド系とは違う重量感に、私もヴィーも表情を引き締める。そうして現れたのは、見上げるほどに大きなモンスターだった。
「3つ首のキマイラ…ねぇ」
ドラゴン、獅子、雄山羊の首を持ち、胴は虎、尾は蛇の巨大モンスターは、目の前の小さな獲物を睨み付けている。獅子は既にうなり声を上げていた。
「面倒そうです。ヴィー、時間稼いでください」
「…あぁ、うん。巻き込まないでねぇ」
何をしようとしているか、正しく判断したヴィーは離れてキマイラへと一人向かっていく。距離を取った私は、手の中で黒と紫の光の球を作り出した。
魔法はイメージが大事。具体的な大きさや効果、その先がイメージできるなら特別な言葉はいらない。私に魔法を教えたランスのこれは、実に正しいものです。
私は手の中の球にイメージを具体的に組み込んでいく。足元に広がる黒い穴、それは泥沼のようにはまった獲物をズブズブと飲み込んでいく。決して逃れず、騒ぐ者の体は穴より伸びた手が捕まえて離さない。飲み込んだ先は深淵の闇。飲み込んだ者を無へと還す。
「ヴィー、離れなさい!」
魔法のワイヤーで雄山羊の角を切り落とし、獅子を地に縛り付けていたヴィーが反応して私の後ろへと引いた。私は手の中の球体を地上に落とし、その中心をキマイラの胴の下へと設置した。
『沈め、沼底へ』
発動の合図はなんでもいい。ただ、それと分かれば。なので分かりやすく発動の言葉を伝えれば、闇は広がり思うとおりの効果を発揮する。
闇の中から現れた無数の手が、キマイラの体へ巻き付きドンドンと飲み込んでいく。暴れようとも決して許さず、やがて底なしの沼が獲物を飲み込むように、キマイラは消えて闇は静かに収束した。
「いつ見てもさぁ、シキの魔法ってえげつないねぇ」
「そうですか?」
嫌そうなヴィーが後ろで言う。けれどこれで、今日のお仕事はお終いです。互いにハイタッチをして、健闘をたたえ合いました。
ともだちにシェアしよう!