93 / 162

【日常】エッツェル留学記4(2)

 取り次ぎをお願いすると、直ぐにシキ様が来てくれた。僕を見て首を傾げたけれど、特に何かを言う事はしなかった。 「どうしました、エッツェル」 「お願いします。僕を黄金竜の城に飛ばしてください」 「黄金竜? ハロルドの所ですか?」  困った顔をしている。シキ様は僕がここに来る事になった経緯を知っている。だから渋っているのも分かっている。  でもこれは、僕にとってとても大事なんだ。僕が進む為に、大事なんだ。 「お願いします!」  下げられるだけ頭を下げた。足りないなら土下座する。  シキ様は困った顔をしたけれど、次には苦笑して頷いてくれた。  黄金竜の領地、その応接室に僕はいる。隣にはシキ様もいる。シキ様がガロン様とハロルド様に取り合ってくれたのだ。  程なくして、二人が来た。ガロン様は困った顔で笑ったし、ハロルド様は気遣うような顔をした。そんな二人を前に、僕は思いきり頭を下げた。 「ごめんなさい!」 「エッツェル…」 「ごめんなさい! 僕…まだガロン様を吹っ切れないけれど、でも…いけない事をしたのは分かっています。ちゃんと片付けていかないと、どうしたらいいか分からなくなって、それで…」  一つずつ整理を付ける。それならまず、これをちゃんと終わらせないといけない。怒られて終わりなんて、それじゃ終われない。僕は……。  でも、悲しくなった。ガロン様は優しい困った顔をしているし、ハロルド様は気遣わしい顔をしている。僕はその目に見られるとまた、甘えたくなる。まだ許される気がしてしまう。これを振り切りたくてきたのに。 「ガロン、無理ならすっぱりと終わらせてやることも優しさですよ」  冷静な声がする。見ると僕の隣で、シキ様がガロン様を見ていた。 「こんな場面で受け入れそうな顔をするものではありません。優柔不断になれば、この子が前に進めない。マコトさんに怒られる事を覚悟して、それでもここまで来たこの子の思いを受け入れなさい」  厳しい言葉。でも、優しい言葉だ。  僕は頭を上げられない。泣いているから、恥ずかしくて上げられない。  その肩に、大きくて優しい、大好きな手が触れた。 「エッツェル、貴方の気持ちに応える事はできません」  言葉が刺さって、胸が苦しくなる。息が出来なくなる。  でも、分かっている痛みだ。覚悟していた痛みだ。  顔を上げる。真剣な目をしたガロン様に、甘さはなかった。だから僕はボロボロの顔でも、笑う事ができた。 「私はハロルドを愛しています。彼を大切にしたい。だから、貴方の気持ちに応える事はできません」 「…分かりました」  何かが、ストンと落ちてきた。それはまだ引っかかりながら、それでも前程苦しくはなかった。  シキ様に送ってもらって、また魔人族の城に戻ってきた。そして僕は、シキ様に縋って沢山泣いた。シキ様はそんな僕の背中を撫でて「良く出来ましたね」と言ってくれた。  泣き止む頃には外はすっかり暗くなっていて、僕は泣き疲れてしまっていた。  それでも、スッキリした。希望は欠片も残らない。でも、胸の苦しさも残っていなかった。  城を出る、その門の所にグランがいる。僕を見て、真っ直ぐに近づいてきた。  向き合うのに、少し勇気がいる。迷惑を沢山かけたし、心配もかけた。良くしてもらっているのに、僕はそれを彼に返せていない。  でも逃げたら、二度と向き合えない。だから、逃げない。 「母上から、話は聞いた。大丈夫かい?」 「んっ、そっちは平気」 「そうか。それなら帰ろう」  帰ろう。その言葉が嬉しい。  僕は心から笑って、グランの隣に並んだ。ここに来て、初めて晴れ晴れと笑えたかもしれない。  探してみようと思うんだ。僕に出来る事、喜んで貰える事、大事な人を。やっと、一歩を踏み出せたから。

ともだちにシェアしよう!