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【イカレ竜・R18】育てた息子が伴侶になるまで(4)
「なん…すか、これ……」
なぎ倒された木、あったはずの石造りの見張り塔も壊されて瓦礫になっている。負傷者があちこちに横たわり、応援の兵が回復魔法をかけている。一方では倒れた木々をどかし、崩れた瓦礫を片付けながら生き埋めになっている人を救出している。
「…イヴァン様」
呟いて、俺は駆け出した。そして軽傷と思える兵士の元へと走っていた。
「イヴァン様はどこっすか!」
「イヴァン様は、砦の手前で応戦を…あの方がいなかったら…」
「砦の…前って……」
俺は恐る恐る振り返った。そこには崩れ落ちた砦の瓦礫が山のようになっていて、隊員達も必死に瓦礫を避けている。
そこに…いる…?
「隊長がほとんど一人でモンスターを抑えてくれて。そうじゃなければ、町も俺達も…」「!」
俺は駆け出して、瓦礫を避ける隊員に加わって必死に避けていった。掘っても掘っても先に進めていない気がした。
「ハリス!」
背後からグラース様が来て、俺の隣で同じように瓦礫を避けていく。
「ここに…イヴァン様が…」
「泣いてる場合か!」
こんなに必死な顔をしたグラース様なんて初めて見た。でも、俺も必死だった。
二人でひたすら瓦礫を避けて、重い石をどかして。そうして掘り進めたその先に、柔らかい銀の髪が見えた。
「イヴァン様!」
「!」
これまで以上に掘って、隣でグラース様も掘っていって、ようやく顔が見えた。
「イヴァン!」
「イヴァン様!」
細かな傷のついた頭を、体を、皆が必死になって掘り起こしている。そうして掘り起こしたイヴァン様は、あちこち傷が沢山でとても痛々しくて……涙も出なかった。
「ハリス、回復かけてくれ!」
「…ぁ」
「ハリス!」
イヴァン様を抱き起こしていたグラース様の声に、俺は呆然としてしまって、どうしようもなく震えていて、それでもハッと我に返って側に膝をついてヒールをかけた。沢山傷ついていたけれど、イヴァン様に致命傷っぽい傷はない。ゆっくりと傷は消えていった。
「イヴァン…」
ようやく息をついたグラース様が、ギュッと意識のないイヴァン様を抱きしめて震えている。俺もその隣にへたり込んでいた。今になって震えてきて、怖くなって、安心して泣いていた。
それからずっと、俺はイヴァン様の側を離れられないでいる。医者が「大丈夫ですよ」って言っても、ダメだった。不安で、たまらなかった。
結局イヴァン様の怪我は脳しんとう程度で、他はそれほど大きな怪我はなかったらしい。モンスターにトドメを刺したときに砦が崩れ、それに巻き込まれたんだと。町にも兵にも大きな被害はなかった。
それでも、目が覚めないと不安が消えない。声が聞こえないと震えが止まらない。ちゃんと息してるし、胸も上下してる。それでも俺は、この場を離れられない。
祈るように側にいる。そうして外が暗くなったくらいで、緑色の瞳が開いた。
「ハリス?」
寝起きの、少し掠れた色っぽい声が俺の名を呼んで、何でもないみたいにふわっと笑う。それを見た俺は、涙腺崩壊した。
「ハリス!」
「もう、心配かけないでほしいっす。ずっと…目が覚めなかったらどうしようって思ってたっすよ!」
いや、こんな怒り方するつもりなんて…そもそも怒られる事なんて何もしてない。褒められる事はあっても、こんな理不尽な事言われる筋合いなんてないって、本当にそんな…。
ふわっと、抱き寄せられてびっくりした。いつも以上に強いから、なんか…え?
「ごめん、驚かせて。私も驚いたんだけど…悲しませてごめんね」
違う、こんな事言わせたいわけじゃ! だって、頑張ったのにこんな…。
「違う! 違うっすイヴァン様! あっ、えっと…イヴァン様は頑張ったっす! とても凄かったっすよ。町の人も、兵達もみんな感謝してたっす! 凄いっす!」
慌てて俺は言って、イヴァン様の頭に手を伸ばす。なでなでなんて子供じゃないんだけど、今はこんな事しか思いつかなくて。だって子供の頃はよく、こうして褒めてたっす。
イヴァン様は、嬉しそうに笑った。とても優しく、柔らかく。
「嬉しい。ハリス、最近してくれないから」
「いや、だってイヴァン様もう小さな子供じゃないっすよ」
「それでも、嬉しいよ」
トロンと蕩けるような笑み。これは、知らない顔。どこか色っぽくて、嬉しそうで、見とれてしまいそうな…。
「ねぇ、ハリス。ご褒美欲しいな」
「え?」
「食べたい物があるんだ」
え? 何の話しっすか? 食べたい物?
「えっと、ハンバーグは今日はもう間に合わないっす。あ! でも確かアイスが…」
そうだ、お腹だって空くじゃないか。仕事して、食べてないんだから。何か精のつく…いや、体に優しい食事を!
思って背を向けようとして、俺は腕を掴まれてそのまま引かれた。振り向いた俺の唇に、イヴァン様の柔らかい唇が触れた。
「!」
それだけでも驚いた。心臓がびっくりしすぎて一瞬止まった。そのくらい痛いような、苦しいような、そんな感じ…
「んっ…ふぅ……」
熱い舌が潜り込んできて、絡まってくる。これ、なんすか? キスって、こんなに苦しくて熱くて震えるもんなんすか? 膝、ガクガクするような、力の入らない感じになるんすか!
「はぁ……」
解放されて、俺の体には力が入らなくて、いつのまにか頼りなくイヴァン様の胸元に縋り付いていた。
近くでみるイヴァン様は、ドキドキするような色気を放っていた。濡れた瞳が俺を見ていて、優しいのに飢えているような、そんな色に染まっている。
「ハリスが食べたい。もうずっと、私は飢えているんだ」
濡れた声が囁いて、知らない男の顔で伝えてくる。バクバクいってる心臓が、余計に飛び跳ねて収拾つかない。
唇が、首筋に触れる。熱いそれが強く吸って、ビクンッと体が跳ねた時に俺は我に返ってイヴァン様を突き飛ばした。
驚いた、傷ついた顔。でも俺も、必死だった。自分に何が起こっているのか分からなくて、どうしようもなかった。
逃げるように背を向けて走って、自分の部屋に飛び込んで鍵をかけた。そうして扉を背にした俺は、真っ赤な顔のままズルズル床にへたり込んでいた。
心臓がずっと痛いくらい煩くなっている。息がどうしても整わない。体の中がとても熱くて、舌の感触がずっと消えていかない。
「こんなの…」
経験なさすぎて、俺は全てにおいてどう整理をつけていいかも分からなかった。
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