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【日常】エッツェル留学記5(1)
僕は最近、ランス様のお手伝いをさせてもらっている。
書類の整理や家賃の回収、回収したお金の管理。他にも庭の手入れや、アパートの見回りなんかだ。
これが案外楽しい。家賃の回収や庭の事、アパートの見回りなんかをしているとここの住人とも少し打ち解けた。単身者の多いアパートで、僕はちょっとした人気者だ。
「本当にお前はいい子だね、エッツェル。とても優秀だ」
メンテナンスの出費や、それを行う業者の候補、見積もりの比較や評判なんかをあれこれ纏めて提出した。それをランス様が見て、満足そうに笑っている。
僕はこの人に褒められるのが結構好きだ。仕事にはとても厳しいし、口調もきつくなるけれど、上手く出来た時にはとても褒めてくれる。
何より信頼してくれると大きな仕事を任せてくれる。今回のメンテナンスに関する事もその一つだ。
「外壁の修復だから、しっかりと行わなければならない。今回はこの業者に頼もう。値は少し張るが、メンテナンスはその後に繋がる。信頼出来る者にきっちりと行ってもらわなければ」
いくつかピックアップした業者の中から一つを選び出して、ランス様が僕にそれを渡す。それはいくつか回って、直接話した業者の中でも一番印象の良かった相手だった。
「連絡を取り、後日詳しい打ち合わせと正式な見積もりを頼みたい。その旨相手に伝えておくれ」
「分かりました」
明日にでも早速行こう。僕はそう決めて笑った。
「それにしても。エッツェル、お前は慣れれば直ぐに国政にも関われるぞ」
「え?」
書類を手にしてホクホクと予定表を確認していると、不意にランス様がそんな事を言う。僕はと言うと少し驚いて、まじまじとランス様を見ていた。
「何だ? 妙な顔をして」
「ううん、初めてそんなこと言われたなって。僕は甘ったれな末っ子で、国政なんて全然関わってこなかったから」
「以前のお前には任せられないな。精神的にも不安定で、無責任で甘ったれだ」
うっ、結構胸に刺さる。
それでも否めないから、僕は困ったように笑うしかなかった。
「だが、今のお前はしっかりしている。責任をもって仕事をしている。それに、元から頭のいい優しい子だ。慣れて行けば国の仕事にも携わっていけるだろう」
「そんな大きな仕事は、流石に僕じゃできないよ」
「なに、規模の違いはあれど基本は同じだ。丁寧に下調べを行い、相手と話し、何が良いかを吟味する。判断するのは王の仕事だが、選択肢を用意するのは家臣の仕事。お前は良くサポートできている」
こんなに褒められるなんて久しぶり。僕は照れてふにゃりと笑った。
そこへノックの音が響いて、仕事から帰ってきたグランが顔を覗かせる。そして僕を見て、なんだか複雑な顔をした。
最近グランはこんな顔をする事が多くなった気がする。側にいても困ったように笑うし、都合が悪かったのかと離れると悲しい顔をする。誰かと話していると嫌な顔をして、「どうしたの?」と問いかけても答えてくれない。
なんだかとても変な感じだ。
「帰ったか、グラン」
「ただいま戻りました、ランス様」
入ってきたグランは側のソファーに腰を下ろす。僕はお茶を淹れて、その前に置いた。そして、グランが戻ってきたら食べようと思っていたフィナンシェを置いた。
プレーン、ココア、変わり種のカボチャを作った。
グランは焼き菓子が好きだって、最近気付いた。逆にランス様はプリンやババロワなんかのプルプルなのが好き。意外とランス様は可愛くて、好きな物が前に並ぶと目が輝いたりする。
紅茶を飲みながらフィナンシェを食べるグランが、優しい顔で微笑む。それを見るのが、僕はけっこう好きだ。
「のぉ、エッツェル」
「なんです?」
「今度、ここの庭でパーティーを開こうと思っているのだが。お前、こうした焼き菓子やケーキを幾つか作ってくれぬか?」
「え?」
思わぬ依頼に僕は目を丸くする。というか、庭でパーティーって何?
「ここの住人を呼んで、時々行うのだよ。皆で酒を飲みながら親睦を深める。単身者も多いからな、知り合う場にも良い。それにお前が加わったから、そろそろお披露目ということで良い頃合いだ」
ってことは、僕のお披露目パーティーみたいなものなんだ。
思うとちょっとムズムズする。嬉しいような、くすぐったいような。嬉しいんだけどね。
「どうだ、エッツェル」
「やる!」
「よし、いい返事だ」
ランス様がコロコロと笑う。僕も楽しみになっている。
でもグランだけが、ちょっと沈んだ顔をしていた。
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